2010年04月01日

ハイチ地震でHIV/AIDS対策の前進が帳消しに

ハイチ地震でHIV/AIDS対策の前進が帳消しに

情報源:Reuters
日付:2010/03/31

ハイチを壊滅状態にした1月の地震で、カリブ海諸国でのAIDSの拡大との戦いでの前進が、危機に陥っていると国連保健当局の高官は言う。

地震がハイチの保健システムを混沌に陥れ、診療所を破壊し、HIV患者から必要な医療を奪うまでは、ハイチの若者のHIV感染率は低下しはじめていた。

ハイチはカリブ海地域の中で最悪のHIV感染率を持ち、HIVウイルスの拡大が止まったことは、地域のコミュニティと密接に連携し、健康意識と処置の向上に取り組んできた援助グループの小さな勝利として歓迎された。

「進歩を見せている数少ない指標が、HIVに関する指標だった。」「ハイチはHIVへの対処の、ほぼモデルのようなものだった」と国連AIDS事務局長のMichel Sidibeはロイターに語った。  

地震で家を失った100万人以上のハイチ人が仮設テントで苦しい生活を送るにつれ、感染リスクは高まっている。

「仮設テントに住んでいる女性や少女は、レイプや性的暴力が始まる夕暮れ時に対する恐怖の中暮らしている。」とSidibeは言った。「我々が彼女たちを暴力から守ることが不可欠だ。さもなければ、新たな感染増加を見ることになる。」

HIVに感染しているハイチ人の2/3以上が地震で影響を受けた。また5000人以上の妊娠したハイチ人女性がHIV陽性だと彼は言う。

「彼女達はもっと予防をしなければならない、さもなければHIV陽性で生まれる赤ちゃんの数が増えるだろう。」とSidibeは言った。

彼はまた、地震のHIV患者に与える影響を評価するのは早すぎるだろうといった。なぜならば、投薬治療を奪われた者が病気になり、死ぬまでには短くとも6カ月はかかるからだ。

治療を止めた人たちは、薬に耐性ができてしまうというリスクがある。

「避難している住民に対し、コンドームの配布を含めた予防的措置を取る必要がある。そして情報がよく対象に届くようにしなければならない。」Sidibeは言う。

ハイチの雨季が不気味に迫っており、援助専門家の中には、何十万人にも上る地震の被害者に避難所が早く見つけられなければ、もう一つの人道的災害が起こるだろうという人もいる。

「世界は動き始めたが、ハイチの状況は良くなっていない。」Sidibeは言う。「それどころか、悪くなってきている。」

原文URL:reliefweb.int
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2010年03月18日

漁業、パルプ、果実といったチリの主要産業への地震による打撃

漁業、パルプ、果実といったチリの主要産業への地震による打撃

情報源:Reutersより抜粋・要約
日付:2010/03/05

果実、パルプ、魚といったチリの主要な輸出品は地震によって打撃を受けた。ひどい地震は電源供給ラインを崩壊させ道路をずたずたにし、リンゴの大規模農園や松林の点在している沿岸部のすべての町を押し流した。

マグニチュード8.8の地震は何百人もの死者を出し、暴力的な略奪に拍車をかけたが、国の要となる銅産業には大きくは危害を加えなかった。しかしインフラの被害はラテンアメリカの中でもっとも安定した経済に長引く危険となっているようだ。

チリで最大の果実輸出業グループであるFedefrutaは、電源のダウンと道路の崩壊が世界第三位のリンゴ輸出に脅威をもたらしたと言った。農場で果物を新鮮に保つための冷却設備が地震によって被害を受けたため、リンゴの輸出はこのグループの当初2010年度に745,000トン見込んでいたところから5%減少するだろう。これは農場のインフラの被害からみた初期の見積もりで、これ以上の被害を避けることが重要だ。
世界でもトップの生産量のあるブドウの大規模農園では不安定な電源供給による灌漑システムの中断という問題が起きており、それはアボカドの収穫においても同様である。
(Fedefruta社長 Rodrigo Echeverria談)

世界第二位、年間約20億ドルの収益を上げているサーモンの養魚場のほとんどは地震被害を受けた地域より
南に位置していたが、他の魚や漁業製品の産地の半分は大きな被害を受けたコンセプシオンの周辺にある。漁船団の被害はなかったが、処理工場、港、倉庫が被災した。
(国内トップの漁業団体であるSonapescaジェネラルマネージャー Hector Bacigalupo談)

サーモンはウィルス被害もあって2010年の輸出はおそらく40%減って245,000トンになるだろう。
(業界トップの団体SalmonChile談)

チリではサーモン以外に400万〜450万トンの漁獲高があるが、損失の見込みはまだ算出されていない。 

紙の価格は地震以後上昇している。ビオビオ州のパルプ工場は世界一位のセルロ−ス産地だが供給が混乱状態にある。チリの林業複合企業体CMPCは地震のため3つ以外の工場をほとんど閉鎖している。競合会社Copecの林業部門はほとんどの設備が被害を受けて3月中はパルプの生産ができないとしている。

この南アメリカの国のパルプは世界の紙に使われるパルプの約9%をしめており、地震による損失は紙の価格を引き上げている。(世界的なパルプ業者談)

チリの代表的なワイン産業は、地震の揺れでステンレスや樫の樽、ワインボトルなどがひっくり返って、1.25億、リットル額にして2.5億ドルの損失になった。(アメリカの輸入業者談)

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2010年03月11日

地震と津波で大破したチリの周辺地域へワールドビジョンが食料や物資を配給

地震と津波で大破したチリの周辺地域へワールドビジョンが食料や物資を配給

情報源:World Vision
日付:2010/03/04

先週土曜日、マグニチュード8.8の地震とそれによってもたらされた津波によって大きな被害を受けた町に、昨日からワールドビジョンのスタッフは食料と救援物資を届け始めた。

火曜日の調査に従って、クリスチャンの人道組織のスタッフが、水、食料、毛布、おむつ、そして他の幼児用品をDichatoの町で配った。この町はコンセプシオンの北約40マイルにあり、二度の災害でひどく破壊された。

「Dichatoには何も、まったく何もない。」とワールドビジョンのチリ情報管理者のPaula Saezは語った。「被害状況は信じられないものだ。なぜなら、一回目は地震で二回目は津波で、二度も災害に襲われたのだから。いたるところに死骸がある:死んだ犬が道に,ちりやごみにまみれて。これは破滅的なことだ。」

町で住民が清潔な水を得られるところは一ヶ所だけで、チリ軍や消防隊員が地域住民に水を配っていたと調査チームは報告した。

ワールドビジョンは追加の食料、水、おむつ、幼児用品を積んだ追加のトラックを今日サンチアゴから出し、今週末にはDichatoとコンセプシオンから25マイル離れたLotaで配給する。

「ここでは人々はあらゆる物が必要だ。シェルター、衣服、食料。すべてのものが津波に持ち去られるか壊れるかしてしまった。」とSaezは言った。

「私はどんな人にもこのような目にはあってほしくない。」とDichatoの住民であるHans Guzmanはワールドビジョンの支援ワーカーに語った。

Guzmanは地震が起きた時祖母と一緒に暮らしていた。津波から逃げて走っている時、彼は後ろを走っていた女性の手をつかもうとしたが、波が彼女を連れ去ってしまい、その女性は姿を消した。GuzmanはTalchaunoにいる姉や母のところにたどり着くことはできなかったが、彼と祖母は助かった。

ワールドビジョンのスタッフはさらなる津波を恐れて丘の上に避難している住民達のニーズを調査しているところである。

またワールドビジョンはDichato に子供の仲良し広場(Child-Friendly Spaces)を作る準備をしている。ここは子供達が適切に行動できるように作られ指導される環境で音楽や劇やゲームといった活動を楽しむことができるような場所である。

最初の子供仲良し広場はDichato の5才以下の子供300人を対象にする。追加の場所はより年長の子供を対象にする予定である。

原文URL:reliefweb.int
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地震の大被害を受けたハイチを襲った雨と洪水、死者13人

地震の大被害を受けたハイチを襲った雨と洪水、死者13人

情報源:Reuters
日付:2010/03/01

ハイチでは先週末にかけて洪水と土砂崩れによって少なくとも13人の死者が出て、1月12日の地震の生存者がおかれている危うい状況に対する恐怖が増している、と政府高官や支援者達は月曜に述べた。

地震で壊滅的になった首都ポルトープランスから100マイル(160q)西方で南部の沿岸にある国内3番目の港町であるLes Cayesでは、豪雨が町を襲ったことによって引き起こされた洪水で4人が亡くなったとハイチの市民保護機関は言った。

「ある場所では人々は家の屋根に上らなければならなかった。Les Cayesの60%が水に浸かった。」とこの地方の政府代議士であるJoseph Yves-Marie AubungはReuters に語った。

さらに、近くのCavaillonでは4人、Saint Louis du Sudで4人、Aquinで1人が亡くなったと市民保護機関は述べた。そして3人が行方不明、約3,500人が家から避難していたとつけ加えた。

1月12日のハイチ地震は、人口の密集しているポルトープランスやその周辺の町の大部分を大破させたが、西半球の最も貧しい州であるカリブ海の国の南部や西部の町も被害を受けた。

現代における世界中の自然災害の中で最悪のものだと述べる専門家もいるが、死者は30万人にのぼり、100万人以上が家を失ったままだとハイチ政府は言っている。

今年も雨期の始まりは3月に訪れ、洪水や土砂崩れの危険が増し、国際的な救援活動が急がれている。それは首都や他の町で路上や空き地にキャンプしている何十万もの被災者の避難シェルターの状態をよくするというものである。

週末の雨は被災者のキャンプを水浸しにした。

国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)は避難シェルターの改善の調整をしているが、130万人の家を失った人々や移住者の約40%はこれまでのところ防水シートやテントやシェルター用の工具一式を受け取っていた。しかしまだ多くの被災者は雨や洪水に弱く壊れやすい手作りのテントや小屋で避難生活をしていた。

「2008年のハリケーン以降我々が始めていたとても重要な災害に対する備えの努力をより拡大し適切なものとしなければならないだろうということをLesCayesの早い時期の洪水ははっきりと思い起こさせた。」とポルトープランスでIFRCの指揮をとるIain Logan は述べた。

政府によると、2008年にこの貧困化した国をかき乱した破壊的なハリケーンで約3,000人が亡くなったという。大西洋のハリケーンのシーズンは6月1日に始まる。

「我々は、悲惨な地震、雨期、ハリケーンのシーズンと次々立て続けに起こるほとんど類のない一連の状況に直面している。」とLoganは言った。  

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2010年03月10日

家族的な感覚で:同胞を支えるハイチ人の地道で地元に根ざした取り組み

家族的な感覚で:同胞を支えるハイチ人の地道で地元に根ざした取り組み
情報源:Church World Service(CWS)

家が被災し収入を失ったという現実に直面して、Fontil Louinerと24人以上の家族と友人は、土地を手離してハイチの首都ポルトープランスを離れるしか選択肢がないと考えた。

「私達には他の選択肢はなかった。とどまってはいられなかった。」と39歳のビデオ映像技師である彼は言った。彼はArtiboniteの北部の県にある故郷のPetite Riviereに最近戻ってきたのだ。

しかしLouinerは戻ってきて、Petite Riviereでの一日500食の給食プログラムの立ち上げに協力することによって、拡大しているポルトープランスからの脱出者の一員になった。それだけでなく、ハイチの人々を支援する国際的な支援従事者達の最近の映像と体験談が急増していた中でしばしば見落とされてきた物語の一部になった。

これらの映像と話は最近ハイチで起こった地震への国際的な対応の現実の一部を伝えるものであるが、別の現実はしばしば部外者には無視されている。それはこのように同胞であるハイチ人を支えるLouinerのような地道で地元に密着した取り組みをするハイチ人についてである。

最近ハイチの北部や南部に相次いで訪れていたことはこの話に光をあてるのに役立った。

最初にいくつかの背景がある。国連によると、50万人以上の人がポルトープランスから遠く離れた地方やハイチでいうところのいわゆる県(department)へ移ったという。1月12日以後の最初の数週間の間、人気のある目的地はArtiboniteだった。そこにはおよそ162,500人がやってきた。その中にLouinerと30人の友人、家族もいた。

Louinerは地震の被害がなかったPetite Riviereに帰省してきたよそ者ではなかった。Louinerは20年間ポルトープランスで働いていたが、2004年からふるさとのローカルラジオ局であるファミリーラジオのパートタイムのマネージャー兼DJとして勤めていたことで、地元とのつながりを維持していた。

この局は音楽を流すだけでなく、役に立つ公共サービス的な役割を果たしていて、ニュースや教育番組も放送している。ラジオはハイチにおいては小さな役割ではなく、社会的な影響力を持つものとされており、人々は“社会の原動力”(engine of society)と呼んでいる。

ファミリーラジオはハイチのコミュニティに根ざした(地域密着型)機関の連合であるCONHANEと結びつきがあった。CWSと長い間パートナーであったService Chretien d'HaitiとCONHANEは今回関係を持つことになった。過去にはこの地方の洪水に対応してCONHANEと一緒に活動したこともあった。

地震の発生と、この数週間で約8,000人とも言われる人々がPetite Riviereにやってくるというような突然の何千人もの人の到着という事態に対して、このラジオ局は草の根の活動としての給食プログラムを支援するため、市民の支持を盛り上げる役割を果たしている。

CONHANEや他のラジオ局であるRTAと一緒に動いて、ファミリーラジオは食料の寄付や食料のための募金のアピールをだした。そのひとつはこんな感じだ。「もしあなたのところが6人家族なら、ゴブレット(脚・台つきコップ)一杯の米を寄付して下さい。」

この取り組みはうまくいっており、地元の住民は米やその他の食料を持ち込み、ポルトープランスから移住してきた住民のために一日500食の食事を提供するための募金をしている。全員ではないが、移住者の多くはこの地方につながりがある。局の職員やボランティアたちはファミリーラジオの事務所やスタジオの近隣にある給食センターで食事を配っている。

「彼らがこの食事を必要としていることを私達はわかっている。そして職員やボランティアや支援者全員にたくさんの分かち合いの気持ちがある。」とLouinerは付け加えた。

Louinerと彼のファミリーラジオの仲間はこれが移住問題の恒久的な解決にはほど遠いことをわかっている。その問題とは、親戚の家やテントや学校のような公共の場所に滞在している移住者達の将来がどうなるかいまだに明らかになっていないということだ。

「私達がどのくらいの間ここにいるのか誰も知らない。しかしポルトープランスへ戻る可能性はないとわかっている。」と自分自身が移住者である経験からLouinerは言った。

彼は移住者は暖かく歓迎されてきたと言って、新しい移住者と地元のコミュニティとの間で起こりうる緊張関係を深刻には考えていなかった。

「彼らはここで市民権を与えられた住人になってきた。私達はここへ戻ってきたことを誇りに思う。」これは彼と彼の家族が自ら経験した感覚だった。

ハイチに本来備わっている自助活動の別の例がJacmelという南沿岸の町で見られる。ここはポルトープランス同様地震でひどい被害を受けたが、災害からの復興の取り組みに対する注目度のレベルは首都のそれに比べると、同じ程度にはとらえられていない。

しかしこの植民地都市が地震からの復興を始める際にした地元に根ざした取り組みは他とは違ったものだった。

最初の日から、ACT AllianceのメンバーであるDiakonie KatastrophenhilfeのパートナーであるハイチのNGOのKROSEは、職員やボランティアのネットワークを動員して緊急支援を提供するための被害調査が出したあらゆることをやった。活動はJacmel市内の2つのキャンプに絞られ、それらは外から見ると、すっかりきれいになっていてハイチ中のほとんどどの移住場所よりも良好に組織化されていた。

Diakonieによってテント村が提供されたことがひとつの理由である。もうひとつはKROSEがJacmelで地元との絆を持っていたことが、キャンプ運営の支援をするのにこの団体をよい立場にもっていったことによる。「もし地元の有力者と住民との関係がなかったら私達は何もすることができなかった。これは一連の作業すべてについていえることだ。」とKROSEの代表のGerald Mathurinは言った。

それは移住場所の保守整備にキャンプの住民も含めて参加させることから、キャンプで地元のボーイスカウトのボランティアが水を配ることにいたるまで、すべてを意味している。

「Diakonieのようなハイチ人以外の人道団体の取り組みは地元の現実と一致する必要がある。これらの取り組みのすべては地元の基盤に根を見付けなければならない。このような地元の基盤がなければ状況はかなり悪くなっていただろう。ここには相乗効果があった。」とMathurinは言った。

ハイチ人にとって特に大切な‘参加と尊厳’という考え方を守ることによって配慮もなされるのにちがいない。

尊厳はハイチでは合言葉になっている。Jacmelの多くの人にとってそれはコミュニティ(地域社会)として移住者と一緒に暮らすことであって、彼らを移住者キャンプの中へ追いやることではない。

土地や場所を借りてでも、その家ががキャンプ以上にすっかり丸見えの状態であっても、被害を受けていようが壊れていようが、彼ら自身の家を手に入れるために彼らと一緒にいるほうが納得がいくと、“Groupes Solidarités”または連帯グループと友人、隣人の間で決めた。

彼らの数は少なくはない。概して50人から200人が連帯グループにはいて、Jacmelだけでも400以上の連帯グループがあり、人数は全部で31,505人にのぼる。

「家を毎日見に行くことを希望する人がたくさんいる。たとえ中に入れなくても見たいと思うでしょう。」と、KROSEや世界食料計画の支援を受けてJacmelのWesleyan(メソジスト)教会の敷地とその周辺に滞在している連帯グループのFrancilaire Jeudiという34歳のリーダーは言った。

数ヶ月かそれ以上教会の敷地に彼らが留まっていることを譲歩しながら、この連帯グループのメンバーはJacmel郊外の移住地に移るより、市内に一緒に留まり続けることを決めた。

「ここは、他のキャンプ地よりいい。なぜなら自分達で組織運営できるから」と他のコミュニティの代表のThifaut Jeanは言った。

他の理由を挙げるとすれば、ここには安全、結束,帰属の感覚があるといえる。

「ここでは私達はひとつの家族です。」とFrancilaire Jeudiは言った。


CWSはACT Allianceのメンバーで、国際的な教会の連合であり、緊急事態に対応する組織と関わり、開発事業の協力、擁護に対する共有意見の提供などの活動をしている。

<参考>:この記事はCWSのChris Herlingerによる。近年ハイチでACT Allianceと共に活動していた。
      CWS(Church World Service) http://www.churchworldservice.org/ (インド)
      ACT(Action by Churches Together) Alliance  http://www.actalliance.org/ (スイス)
   Diakonie Katastrophienhilfe http://www.diakonie-katastrophenhilfe.de/ (ドイツ)


原文URL:reliefweb.int


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2010年03月08日

ユニセフ、チリの子供に対する活動を行う団体を支援

情報源:ユニセフ
日付:2010年3月8日

サンティアゴ・チリ
ユニセフはチリで多様な公的・私的機関との連携を強めながら、2月27日に起きたマグニチュード8.8の地震の被害からの復興に向けて活動しています。

子供と直接関わって活動している団体への永続的な技術支援に加え、ユニセフ・チリは緊急時に生じた基本的ニーズに対する迅速な対応に際して協力を行っています。

・有形の支援
ユニセフが現在チリで注力している支援の一つに、デイケアセンターの国家事務局(JUNJI)と提携して、被災地の幼稚園と保育園を早期に再開する取り組みが挙げられます。有形の支援は、最も被害の大きかった地域にあるJUNJIのケアセンターに紙おむつを提供することに注力しています。

チリ中のホスピス、幼稚園、特別ケアプログラムを通して貧困層のケアを行っているカトリック教会組織であるHogar de Cristoの活動への支援として、ユニセフはその団体がケアしている子どもたちに粉ミルクを提供するための調整を行っています。

また、国の保健省と共同で、衛生的・心理的サポートに加え、教材を開発し、被災者に配布する取り組みも行っています。

・学校への復帰を正常化
法務省及び、「児童向け国家サービス」(SENAME)とともに、ユニセフは最も被害が大きかった地域にある青年拘置センターで地震後に生じているニーズへの対応を行っています。Maule,、Bío Bío、Araucanía(地名) といった地域でSENAMEシステム管轄のセンターにおいて、食糧や衛生用品などを配布しています。

被災地で子供向けのシェルターにも支援する予定です。

チリの最も弱い人々を支援するため、国家連帯・社会投資基金(FOSIS)と協力して、被災地の子ども達が早期に学校に戻れるよう技術的な援助を行います。

貧しい家族を対象としたFOSISの「ブリッジプログラム」を通して、ユニセフは学校用品を入れたナップサックを配布します。災害後のトラウマに苦しむ人々への感情的・心理的サポートに関連する分野のトレーニングを行う、「家族サポート」への技術的な支援も行う予定です。

・さらなる評価と支援
ユニセフは、教育省がMaule やBío Bío地域で全学校の優先ニーズについて情報収集する際の支援も行っています。例えば、教師の就業可能性、通学手段の利用可能性、備品や教材の不足といった事柄です。


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2010年03月07日

チリ地震状況レポート#7

チリ地震状況レポート#7

情報源: United States Agency for International Development (USAID)
2010/03/07

−3月7日にマグニチュード5.8の余震がビオビオ地域を襲った。アメリカの地理調査団によると、3月6日にはマグニチュード5.1を含む7回の余震を確認している。
−USAID/DARTは、シェルターの構造などに関して地元の行政機関などど協議した。
−食糧に関しては、300,000食の簡易非難食を提供する計画である。

USAID/DARTから報告
−Chanco、Curanpine、Pelluhue、Maule地域では、地震や津波の影響によって47人が犠牲となった。地元行政は、Curanpineではおよそ350人、Pelluhueではおよそ825人、Chancoの都市ではおよそ2,185人、Chanco郊外では1,010人がひどく影響を受けていると報告している。
−USAID/DARTは、Chancoの地元行政と病院関係者とで3月6日に会議を開いた。病院には、ブランケットなどが提供され、薬や救急車なども提供されている。医師や看護士は、郊外に住む被災者に薬を提供するため、家々を回っている。

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2010年03月05日

ハイチ被災者へのシェルターが不足

ハイチ被災者へのシェルターが不足

情報源: Reuters - AlertNet
2010/03/05

* 何万人もの人がいまだ仮設シェルターに入れていない
* 迫ってくる雨季がこれらの人たちを不安に追いやっている

ハイチの地震が起きてから約2ヶ月が経っているが、救援活動が思うように進んでおらず、いまだに多くの人が非難テントや雨風を防ぐ防水シートを受け取れないでいる。

結果、人間の尊厳が失われつつあり、4月には雨季が到来することも重なって、貧困や病気が広がる可能性がある。

現地で活動しているGadenne氏によると、「非難キャンプを訪れても被災者は何も持っておらず、テントや防水シートさえなかった。しかも、彼らには後に救援物資が提供される保証もない状況だった。」と語っている。

1月12日の地震から、配水や配給システムは改善されつつあり、商業やビジネス、政府機関も再開し始めた。
また、キャンプも改善し始め、多くの家族がテントで生活したり、電柱のような柱と柱の間に防水シートを張って屋根を作ったりしている。
連合国は、4月までに地震で家を失った全ての人々に仮設テントなどを提供することを目標としている。

現在は、何万人もの家族が仮設テントを提供されていないため、天気によって大きな影響を受けている。水曜日に一晩中雨が続いたが、そのときも彼らは夜のなか雨宿り出来る場所を探し回り、何時間も立っていなければならないような状況だった。

仮設キャンプ地でも、雨季が来れば様々な問題が起こると予想されている。そのため、人々は政府からの指示や救援グループからの手助けもなしに自分達が安心して住むことの出来る家を探し回っている。

政府や連合国は、脆弱な非難キャンプ地から人々を移動させようとしており、5つの可能な解決策を主張している。

・ もし、自分の家があまり被害を受けていなければ、自分の家に帰らなければならない
・ 家が崩壊している場合は、その場所に新しくシェルターを作る
・ 被害を受けていない土地に親戚がいれば、そこの移動する
もうすでに60万人の被災者はこのいずれかを行っている。
他の2つの選択肢は、あまり望ましいと思われいないが
・ キャンプ自体を改善し、質を向上させる
・ キャンプに住んでいる人たちを別の地区に移動させる
この5つである。

都市の郊外に新しく5つのキャンプ地ができる計画があるが、どこに作るのか、どれぐらいで被災者の人たちが住むことができるのかなどの詳細については全く知らされていない状況である。
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2010年03月04日

地震状況レポート#3

地震状況レポート#3

情報源:UNOCHA
日付:2010/03/01

―最新の数値では少なくとも799人が死亡し、200万人が被災した。
―人道的活動を援助し、治安を確保するために、軍隊が追加派兵された。

チリ政府の緊急担当部署(ONEMI)によると、死者数は799人に上り、19人が未だ行方不明である。200万人が深刻な被害を受けた。推定150万棟の家が損害を受けた。略奪が起こる最中、10000人の軍隊が被災地、特にMauleとBiobioに展開した。

当局が被災状況の包括的概観を現在見極めているところだが、緊急の優先事項は未だ、捜索・救助活動、医療サービス、避難所、食糧と水、交通と通信と基本的サービスの復興である。

OCHAは10万USDの緊急現金支援を行い、人命救助活動が支援される予定。

・チリ政府は被災地で8箇所の野営病院を建てた。他に4箇所が展開される予定。
・ブラジルは野営病院を設立予定。ペルーも同様に手術室と入院施設のある野営病院を設立予定。
・キューバも26人の医療チームを送り、1箇所の野営病院を供給予定。
・アルゼンチンも3箇所の野営病院を支援。
・国際赤十字・赤新月社はチリ赤十字の救援活動を支援する640万USDの援助要請を発した。75000人が今後、野営病院、水と衛生、緊急避難所などの支援を受ける予定。

・チリ政府は40の仮設避難所を設立した。
・ロシアは毛布や発電機を含む28MTの救援物資を送った。
・オーストラリアは発電機を送る予定
・日本は浄水システム、テントと発電機、医療チームを送る予定。
・スペインは7.5MTの緊急救援物資と75人のチームを派遣予定。キリスト教団体Samaritan’s PurseはConcepcionで救援物資の配布を始めた。また地方の教会に地域食糧配布センターを組織。
・英国赤十字は初動対応として5万ポンドを送った。
・World Visionは防水シート、毛布や水その他の支援を集めている。
・Oxfamは被災地にチームを送り、ボリビアにある倉庫から救援物資の在庫を送る予定。
・シンガポール政府は5万USDを救援物資の購入に寄付する予定。その寄付はIFRCに送られる。

<寄付>
オーストラリア:450万ドル
日本:300万ドル
カナダ:緊急人道支援に200万ドル
中国:100万ドル
ニュージーランド:50万ドル
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2010年03月03日

ハイチ:地震の後の豪雨

ハイチ:地震の後の豪雨

情報源:UNOCHA-IRIN(国連人道問題調整事務所・統合地域情報ネットワーク)
日付:2010年3月3日

(ポルトープランス)
13人が亡くなった。家が水につかり、畑もとバナナ農場も水浸しになった。家畜が溺死した。道路は通行不能だ。何千人もの人々が家を追われ、生々しいトラウマが残った。

これは、季節外れの豪雨に見舞われた、ハイチの南岸にあるLes Cayes(地名)の窮状だ。ハリケーンの季節がもうすぐやって来る。

Les Cayesとその周辺へに緊急配布するために4030食を積んだトラックが3月2日、ポルトープランスを出発した。Les Cayesの北に位置し、洪水が起きたNippes地域にも食糧が配られた。

国連世界食糧計画は、地元の有力者やNGOとともに、家から避難した約3000人を含む被災者に10日間の配給を行うことを計画している。

「下水道の状態が悪く、市のあちこちで洪水が起こりました」とハイチ赤十字の地区代表であるJean-Yves Placide氏は言う。

「家の天井の高さまで水が上がった場所もあります。雨が降り続けば状況はもっと心配です。太陽は顔を出していますが、雨雲が出たり消えたりしています」

「人々は洪水との付き合い方には慣れていますが、(いつもは)こんなに早く起きないものです」 と支援スタッフがIRIN に語った。Solon地区の都市に住むある2児の母親は、洪水で全てを失った。家族の財産は全て破壊された。ベッドも、服も、全て。

2月27日から28日にかけて、雨がこの地域を襲った。3月2日には多くの家がまだ水に浸かっていたと支援スタッフは言う。

そのスタッフによると「とても多くの人が、農作物(バナナの木やサトウキビ)や家畜を失ったと言っています」

Christian Aidと共に活動する地元のNGO、Prospery Raymondは、農業への被害を調査している。ハイチの市民保護局によると、農業は「甚大な被害を受けた」という。

雨季はたいてい4月に始まり、5月にピークを迎える。ポルトープランスの国際赤十字・赤新月社連盟の活動の代表者であるIain Logan氏によると、ハイチはこれに対応する備えが出来ていないとのことだ。

「Les Cayesで例年より早く起きた洪水は 2008年のハリケーン以降始まった大災害への予防努力が拡大し、適用されなくてはならないということを厳しく思い出させてくれた」と彼は言う。

「我々は、大地震、雨季、ハリケーンの季節と、次々に災害が連続する非常に稀な状況にある」


原文URL:reliefweb.int


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