2010年06月02日

ハイチ:IOMとCCCMクラスター、 50万人に登録番号を配布、緩和と緊急対応メカニズムを開始

日付:6月1日
情報源:IOM(国際移住機関)

今週時点で、キャンプ調整・管理(CCCM)クラスターはハイチ政府との連携で、ポルトープランス周辺の50万人以上の避難者を登録した。

これまで、12万5000世帯、54万人(1世帯平均4.3人に基づく)にあたる150ヶ所が登録された。登録された150ヶ所のうち51ヶ所はポルトープランス市外にあるが、そのうち25ヶ所はレオガン、15ヶ所はグラン・ゴアーブ、5ヶ所はプチ・ゴアーブ、6ヶ所はジャクメルである。登録プロセスは、IOMとCCCMクラスターをパートナーとしてハイチ政府が主導し、内務省、市民保護局(DCP)を通じて行われる。また、避難者へのサービスを提供する人道団体の支援で、CCCMのもとで行われる主要活動のひとつとなる。

登録データから集まるのは、簡単な人口統計学的な情報―登録者の53%は女性、47%が男性、36%が18歳未満で8%が5歳未満の子どもといったもの―から、帰還・移転の意図に至るまで様々だ。データは、人道機関にリアルタイムな情報を提供する、CCCMの避難者追跡マトリクスに記録される。

「登録データはこれまで、食糧以外のアイテムや、新しいキャンプへの自発的移転や、家族への個別サポートなど、一連の支援を提供するための多くの立場で利用されてきました。キャンプ管理者やその他のサービス提供者は、キャンプでの活動に必要な登録データに、定期的にアクセスすることができます。『登録して一緒にハイチを復活させよう』をスローガンに、受益者は私たちのチームと登録しています。」IOMの登録関係部署を率いるVlatko Avramovski氏は言う。

登録の優先地区は、キャンプ管理団体とIOMのキャンプ管理オペレーション(CMO)部署によって特定されている。CMOは最近その活動を拡大し、キャンプごとのモバイルチームを作り、ポルトープランスの7つの自治体にある避難者コミュニティの調査に焦点を当てている。

登録プロセスの第一段階は、ポルトープランス地域の大きな地区での全避難者の登録も含め、2010年6月末までに完了すると見込まれている。

その他の小規模な地区や、ホストファミリーと暮らしている人々の登録は、2010年11月までの完了する予定である。登録の更新情報はCCCMウェブサイトで見ることができる。

IOMは、効率的に避難者のコミュニティを雇用したり、移転問題やニーズ、人道的対応に関する情報を広めるために、様々なコミュニケーションツールを採用している。例えばMINUSTAH(国連ハイチ安定化ミッション)の連続ドラマや、連載漫画や、支援スタッフを60人以上に拡大したコミュニティ動員チームを通してメッセージを伝えている。

「私たちの役割は、利用可能なベストな情報を避難している方々に伝えることであり、彼らのニーズや希望について定期的なフィードバックを求めることです」コミュニティ動員担当のJunior Aly氏は言う。

さらに、CCCMはハリケーン・シーズンへの準備にも取り組んでいる。現場での緩和の取り組み、既存のシェルターを強化するための情報を提供する支援キャンペーン、緊急対応を行うジョイント・タスク・フォースへの参加を通じて行う。

一方で、キャンプ軽減タスクフォースは、UNOCHA(国連人道問題調整事務所)が代表であり、シェルター、水・衛生、CCCM、初期の復興クラスター、その他の関連する団体が参加し、最も危険なキャンプを特定し、軽減活動を行う。

IOMのサイト評価・計画局の代表、Shaun Scales氏によると、洪水によって長期的に住むことができなくなるような場所のキャンプを「深刻な危険」と特定する。これは、差し迫った洪水の危険に加え、慢性的に水が淀んでおり、健康問題のリスクがあることを示している。

現地評価では現在、一日に6つのキャンプを見ており、(調査のためにポルトープランス地域で現在特定されている130地区のうち)これまで56ヶ所の12万1000人が調査されたが、うち6万2000人が危険にさらされており、5万4000人が深刻な危険にあるとされた。

集められた情報はパートナーと共有し、細々とした骨の折れる作業から、大規模なサイト軽減問題まで、ニーズを把握するために使われる。サイト評価に関する情報はCCCMウェブサイトで閲覧可能である。

IOMは、洪水予防活動の一環として水路清掃も指揮している。対策本部では最終的にレオガンとジャクメルの現場にも評価を拡大することを目指している。

IOMはまた、MINUSTAHとUNOCHAとともに、差し迫るハリケーン・シーズンへの準備として重大問題対応チームを結成し、即応チームの一部として、エンジニア2人に24時間スタンバイしてもらう手配を行った。「このチームは重大な出来事に対応する『眼』を現場に置こうとしている」とScales氏は言う。

IOMの事務局長William Lacy Swingは明日、ドミニカ共和国のPunta Canaで開かれるハイチの将来に関するサミットに参加する予定である。このサミットはドミニカ共和国政府が招集し、再建活動開始の先頭に立ち、ハイチと国際社会との恒久的な連帯関係を築こうとしている。
Jared Bloch
IOM Haiti

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2010年05月18日

ハイチ:IOM、避難キャンプの生活向上に向け、ハイチ全土で新たな取り組み

日付:5月18日
情報源:IOM

IOMは、1月12日の地震以後、避難キャンプに住む200万人以上のハイチ人のニーズを確認し、対応するための新たな取り組みを開始した。

ハイチ緊急対応における「キャンプ調整及びキャンプ管理(CCCM)」クラスターの指揮機関として、IOMはEUの人道部門であるECHOの資金により、新たなキャンプ管理作業チームを立ち上げた。被災者と人道的機関との間での情報の流れを改善するため、このチームは地元の有力者やコミュニティリーダーとの接触を行うことになっている。

最初のステップは、ハイチ政府がキャンプ調整の責任部署としているハイチ市民保護局(DPC)に加え、ポルトープランス広域にある7つの自治体の長とも密接な関係を築くことである。

このチームは、自治体レベルでの協調を改善するため、地元のコミュニティリーダーとも結びつき、NGOを含め、市町村(自治体)規模でのミーティングを行う予定である。

キャンプ管理作業の代表であるDaniel Desmarais氏は次のように述べる、「我々の目的は、特定の受益者のニーズをより良く満たすため、それぞれの自治体のはっきりした像を描き、優先順位を付け、そしてその情報を人道システムの中に入れ込むことです」

Desmarais氏はこう付け加えた、「ハイチの人々自身の優先順位を最適に理解し、それに応えるために、情報が双方向に流れることが不可欠です。それぞれの地域には独自の課題があり、それゆえ独自の性格を持ち、それぞれの背景に特有の対応が必要とされているので、自治体ひとつひとつへのアプローチが不可欠なのです。」

この活動は7つのキャンプ特定チーム――それぞれの自治体に1つの――を持ち、各チームにはキャンプマネージャー1名、フィールドアシスタント1名、コミュニティ動員担当1名、ドライバー1名がいる。特定に状況が起これば、それに対応するため、さらに5つのモバイルチームが活動可能である。

これらのチームは公的にアクセス可能なブログに情報をレポートする。システムを通して流れる情報の透明性を増すために企画された、創意的な新アプローチである。

「これは素晴らしい仕組みです。誰でも、どこからでも利用可能です。Gonaive(ハイチ北部の都市)からジュネーヴまで、Petionville(ハイチ・ポルトープランス郊外の自治体)からパリまで」とDesmarais氏は言う。

それぞれの自治体のブログは特定の、フィールドに基づく情報を現地のNGOコミュニティに提供し、また別のブログでは、CCCM傘下で活動する団体に戦略的な概観を伝える。

キャンプ管理チームは自治体中のキャンプひとつひとつを順に訪れ、情報の正確性をチェックし、確認されたニーズを満たすためのロジスティクスの調整を行う。

Desmarais氏は言う、「重大な、そして継続的なこの危機への課題に対応するため、我々はキャンプ管理能力をよりうまく使いたいと考えています。最後の手段として、我々IOMがキャンプマネージャーとして入り込むことはできますが、我々のみが対応するにはニーズが大きすぎます。パートナーとの活動が絶対に不可欠です」


関連したニュースだが、雨が強まる前に、保健クラスターとその他のNGOパートナーにより、緊急に5万の蚊帳がハイチに届けられた。この積み荷は、ハイチ緊急対応の「保健クラスター」との連携で配られることになっているが、マラリア流行地のハイチで必要とされる推定140万枚のうち、最初に届いたものである。IOMは 保健クラスター内の、生物が媒介する病気に関するワーキンググループと連携し、蚊帳を受け取る地域と個人の優先順位を決める。

ハイチでIOMのヘルス・ユニットの代表を務めるPatrick Duigan博士は言う、「間もなくやってくる雨季は、マラリアの危険性が自然に増す時期です。病気の発生を防ぐため、緊急に蚊帳をキャンプの住人とホストコミュニティに配らなくてはなりません。」

しかし、Duigan博士は、マラリアの割合がこの国の通常レベルを超えたという指標は、今のところまだないと言う。最近の数値では、ハイチ地震の避難民にマラリアが疑われるケースが報告された割合は、ここ数週間で3%であり、2010年2月から現在までの平均は4.7%とのことである。

Duigan博士はこう述べる「蚊帳の配布は、ハイチの避難者コミュニティのニーズに包括的に取り組むため、CCCMや保健クラスター、NGOパートナーたちを通じて行われている連携の明確な事例です」

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2010年04月27日

ハイチ:ポルトープランスの廃墟から、仮設住宅を建設

日付:2010年4月27日 
情報源:IOM
IOMは、初めてとなる仮設シェルター建設の大規模パイロットプロジェクトを、ポルトープランス近隣で開始する。

ベニヤ板、トタン、コンクリートの基礎で、80のシェルターが建てられる。完成すれば、地震で破壊された首都のPacot地区にある貧しい地域、Mangeoire(地名)のコミュニティが住むことになる。

地元当局と市民のリーダーとの慎重な交渉の末、合意がなされたこのオペレーションは、地元のコミュニティがいかにして結集し、ガレキの散らばった近所をきれいにし、再建するかという強力な例である。

家の構造は、3〜5年もつように、そしてハイチの雨季の暴風雨に耐えるように、IOMの建築家とエンジニアが設計した。

このパイロットプロジェクトは、家を失った200万人のハイチ人に、維持可能なシェルターを提供する新たな段階の幕開けとなる。仮設住宅は、緊急時に配布されたテントや防水シートよりも頑丈な住まいである。

また、自分や近所の家が壊れた家族にとって、移住よりも望ましい選択肢を示している。

ポルトープランス内外の新たな移転地に移住する代わりに、Mangeoireの人々は、仕事と教育の場に近いところに結束して留まることができる。

NGOのACTEDが管理するキャッシュ・フォー・ワークのプログラムが、ガレキの除去や、新たなシェルターの建設用地の掃除などコミュニティメンバーに雇用を提供している。

「ほんの1ヶ月前は、ガレキだらけで家を建てる場所などありませんでした」と、IOMのシェルター・コーディネーターAlex Coissac氏は言う。「ここからとても重要なことがわかるでしょう。シェルター建設の可能性が地域のコミュニティを元気にして、ガレキ除去のペースを上げたのです」

受益者と地域コミュニティの間での文書合意により、起こりうる土地保有の問題は先送りされた。ハイチ市民保護局(Haiti's Department of Civil Protection)のYolene Surena博士は今週、最初のシェルターを訪れたが、技術的なモニタリング調査のために同局のエンジニアを来週派遣することになっている。

Mangoireの10のシェルターで作業が始まり、うち5つはほぼ完成している。より長期的には、80のシェルターが建設されるとコミュニティのリーダーは推測している。

しかし、もともとスラムだった地域の環境が困難なものだったため、作業は複雑だ。

Croix-des-BouquetsのPetit Bois(地名)でも、コミュニティと市役所の間での活発な連携で活動が始まっている。ここでは地取りの問題が少ないため、作業が早く進むだろうと期待されている。40のシェルターが既に建設されており、ペースも加速するだろう。

Mangoireの地区の連携コーディネーターのElizaire Emmanuel氏によると、住民はもとの区画に戻れることを喜んでいるとのことだ。「シェルターは少し小さいと言う人もいますが、以前に住んでいたところに比べれば、自分の場所に戻れるのは嬉しいのです」

IOMのAlex Coissac氏は、新しいシェルターの建設がコミュニティ主導のプロジェクトとして行われることはたいへん重要だと言う。Mangoireの、丘が並んだ複雑な地形を見ながら彼は言う。「どの場所もそれぞれ、特別なのです」

「もし正しくやりたいと思えば、何ヶ月もかかるでしょう。特に、この場所をよりよくまとめるために、都市計画の概念をコミュニティに紹介する必要もあるからです」

20年以上もここに住んでいるDuverger Anallia氏は、家が壊れたが、地元の地主が近くのキャンプにしばらく留まることを許してくれたと言う。しかし、もう出て行かなければならない。「シェルターは小さいけれども、戻らなくてはならないのです。テントで暮らすより良いでしょう」と彼女は言う。

彼女は来週以降、家の改良を計画していると言う。また、シェルターからビジネスを続けるそうだ。「少しずつ、やることをやるのです」

IOMは7300のシェルター建設にあたる寄付金を、多国間のハイチ緊急援助基金(ERRF)、日本政府、スウェーデン政府から受け取った。この数は1万2000まで上る見込みだ。

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2010年04月22日

ハビタット・フォー・ヒューマニティと米州開発銀行、ハイチの住宅再建を支援

情報源:米州開発銀行(IDB)
日付:2010/4/22

被災者の訓練のため、プロジェクトには「実践教育」方式が採用されている。
アメリカのNGO、ハビタット・フォー・ヒューマニティ・インターナショナルと米州開発銀行(Inter-American Development Bank)の多数国間投資基金(Multilateral Investment Fund)によるプロジェクトは、Cabaret市で被災した500家族が住居を再建・修繕するのを支援する。

ポルトープランスから30km北のCabaret市では、地震で3000余りの家族が家を失った。9000余りの家族が、損壊した家の修理を必要としている。

520万ドルのプロジェクトで、ハビタット・フォー・ヒューマニティは「実践教育(やって学ぶ)」方式で、建設の技術や建材の作り方、小規模事業の立ち上げ方、リスク管理や環境保護について、参加者を訓練する。

プロジェクトは、女性を世帯主とする貧しい家族や、地震で生計手段を失った人、ポルトープランスから立ち退かされ、Cabaretへの移住を希望した人を優先する。

地元と海外の専門家から成るハビタット・フォー・ヒューマニティのチームは、このプロジェクトやその他のハイチでのプロジェクトを通して、居住問題の解決法だけでなく、地震で壊れた社会的・経済的な骨組みの再建も支援する。

ハビタット・フォー・ヒューマニティとのプロジェクトに300万ドルを拠出するMIFは、ラテンアメリカのNGO、Un Techo Para Mi Paísによる別の住宅構想も支援しており、Grand GoaveとLeoganeという南の都市に仮設住宅を建設する。

IDBが管理する自立的な基金としてMIFは、零細企業や小規模ビジネスに重きを置きながら、ラテンアメリカとカリブ地域の民間セクターの発展を促している。

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80%の小学校が青海省の地震で破壊された

情報源:UNICEF
日付:2010/04/21

UNICEFは教室用テントと学用品を被災した子供たちに大急ぎで運んでいる

マグニチュード7.1の地震が中国北西部の結古という町の近くを襲い、学校に大きな被害を与えた。地元の教育当局は、郡の80%の小学校と、50%の中等学校が深刻な被害を受けたと見積もっている。教育当局の、通常授業を4月の終わりまでに再開するという目的を支援することを目指してUNICEFは昨日、150の学校用テントを被災地域に発送した。玉樹は、中国の最も貧しい郡の一つである。

結古町の50%の生徒が寮生で、郡の周辺部のエリアから郡の首都に、勉強のために送りこまれた生徒である。玉樹郡には22719人の生徒と、1086人の先生がいる。災害後の、子供達の早い学校への復帰は、彼らが心理社会的なストレスを克服するのを助ける重要なステップである。UNICEFの72平方メートルの教室テントは、7500人の生徒が勉強を再開する空間を供給する。UNICEFはまた、学用品キット、黒板や発電機、暖かい衣類やブーツ、羊毛の毛布などを、昼間の学校と寄宿制の学校のために送っている。

「この災害の後に、子供たちが授業を再開するのを援助するために、政府の強力な取り組みがなされているのがとても嬉しい。」UNICEFの中国代表で国連災害管理チームの議長であるYin Yin Newは言う。「私たちは教育当局と、子供たちが学び続けるのに必要とされる基本的なニーズすべてを供給できるように働いている。」

4月20日の時点で、地震の犠牲者の数は2064人の死者、175人の行方不明者、12315人の負傷者となっている。食糧と衣類と避難所の不足は、高い標高と凍りつくような気温と困難な道路事情と相まって、救援活動を複雑にし続けている。最近の降雪、強い風と、救援トラックの交通渋滞もまた、救援活動を妨げている。

捜索・救援活動が縮小するに従って、UNICEFはその援助活動を、地域・国家の当局と協調して行っている。子供たちのニーズを評価するのに最も良いからである。

食糧の供給もまた、被災地域では深刻な問題である。国連機関は、援助を協調するため共に働いている。栄養の摂取を増やすために、ビタミンやミネラルのサプリメントの包みが、WFPが若い子供たちに供給する主食と共にUNICEFから供給される。

現在、民事部の当局が、片親もしくは両親を地震で亡くした子供の数を特定しようとしている。地震によって失われた命のことを考え、また住宅、学校やコミュニティに受けた広範囲の被害を考えると、子供達や他の被害を受けやすい人々への心理的な苦悩は、憂慮すべき心配事だといえる。

UNICEFは子供と女性のための国家作業部会が、被災児童に一連の心理社会的援助を供給するための「Child Friendly Space子供に優しい空間」を設立するのを助ける。UNICEFは90~95%の子供と女性が、地震後にコミュニティにあるサービスのみで回復することができるが、5~10%の人がより専門的な処置を回復のために必要とすると発見した。即座に適切に、子供たちのコミュニティの心理社会的なニーズに応えることが、回復するための彼らの能力に長期的な結果を与える。

UNICEFについて

UNICEFは150以上の国と領域の現場で、子供たちがその幼児期から思春期まで、生き延び力強く成長するのを助ける。世界の最も大きな、途上国へのワクチンの供給者であるUNICEFは、子供たちの健康と栄養、良い水と衛生環境、全ての少年少女への質の良い教育をサポートし、子供たちを暴力・搾取・AIDSから守る。UNICEFは全て、個人・企業・基金・政府からの自発的な寄付によって資金を得ている。

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ハイチの医療従事者は感染症の急増を恐れている

情報源:Voice of America(VOA)
日付:2010/04/19

ポルトープランス総合病院はハイチで最も大きな病院である。その建物は地震の際一部被害を受けたが、国際的な医療機関の援助のおかげで、診察を続けている。どんな日でも、300人以上の患者が治療を求めて受診する。地震から2ヶ月以上たって、医師が診察していると、地震直後に見られた圧挫損傷は少なくなってきた。現在、雨季が始まるに連れて、医師は感染症について心配している。

Megan Coffee医師はカリフォルニアから来た感染症の専門家である。彼女は過去2ヶ月、ポルトープランス総合病院でボランティアをして過ごしていた。

彼女はハイチで起こりうる感染症の拡大について心配していた。彼女は、一月の地震以降、住民の医療ニーズは変わってきたと話した。

地震後初期によく見られた切り傷や、押しつぶされた手足、骨折などを医師たちが見ることはまれになった。

「これらのテントはすべて、地震で負傷した人々の整形外科の怪我のために使われていた。」とCoffee医師は言った。「今やその人たちは手術後の患者たちで、地震以降ずっと残っている。」

雨季が始まり、住民の多くがテントの街に密集して閉じ込められているのにつれて、医療従事者は感染症と水媒介性の病気について警戒している。

「腸チフスとマラリアの問題はテントの街とともに、最良の衛生状態を得られない人々とともに大きくなるようで、たまった水がそれらの病気の原因になっている。」とCoffee医師は加えた。

接触伝染性の高い、呼吸器の病気である結核は、もうひとつの心配事である。毎日来院する300人の患者のうち、約4人が結核にかかっている。

スタンレーはそのうちの一人である。

「スタンレーは結核で彼の左の肺全体をいっぱいにしてやってきた。結核は彼の心臓をも満たし始めていた。」とCoffee医師は説明した。「彼はかなり具合が悪くなってやってきた。基本的に息ができず、体液を排水するのにチューブを入れなければならなかった。」

ハイチでは、患者がしばしば、病状が危篤状態に達するまで治療を求めるのを待ってしまうことがある、とCoffee医師はいう。そしてそれが、回復をより難しくしている。

「治療を受けられることが、彼のような人々にとっては本当に大切だ。」彼女は付け加えた。「なぜならば、さもなければ、もし彼らが完全な処置無しに家に帰ってしまえば、彼らは彼らの近隣の人たちにとって、感染源となってしまうからだ。」

スタンレーは2ヶ月入院している。そのうち半分の時間は、胸にチューブを入れて過ごした。

Coffee医師はいう。マラリアや腸チフスや結核が地震以降急増しているかは未確認だが、雨季が近付くにつれ、それらはあっという間に広がるおそれがある。

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地震被災で果たされるチベット仏教僧たちの役割

情報源:Reuters-Alertnetより抜粋
日付:2010.4.16

何千人もの兵士と政府による救助・復旧活動を行うオレンジ色のジャンプスーツを着た救助隊員たちは、何千とまではいかないにしても何百人もの深紅色の僧衣や上着を着たチベット仏教僧と協力していた。多くの僧は自らの取り組みを宗教的な誇りの表れだと述べた。

僧院から来た彼と何百人もの僧達は布で覆った台の上に遺体を集め、その何百もの遺体の中から地元の人々が親族を確認するのを手伝った。そうしている間、僧達はその前に座って死者のためにお経を唱えていた。

他のチベット人たちはオンライン上に集まり、死者を悼む詩を投稿し、結束を呼びかけ、伝統的なチベットのバターランプの画像を中国のチベット語のウェブサイトに載せた。あるチベット人向けの中国のポータルサイトは死者を悼み、白黒だけで編集された。

多くの僧達は何百キロもの道のりをバスやトラックの荷台にぎゅうぎゅう詰めになってやってきて、玉樹県の破壊された主要な町結古鎮で、生存者を探すのを手伝い、炊き出しをし、死者を弔った。

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2010年04月17日

1,000人を超える死者を火葬するチベットの人達

1,000人を超える死者を火葬するチベットの人達

情報源:Reutersより抜粋
日付;2010/04/17

中国北西部の地震被災地で土曜日(17日)合同火葬によってチベットの人達は死者を弔った。

ここではほとんどの住民がチベット族で、独自の仏教の宗派を熱心に信仰している。

何千人もの人達が丘の上の火葬場に集まり、そこにはトラックの車列が地元の主となる寺院に安置されていた数百もの遺体を運んできていた。

深紅色の僧衣を着た僧がヤクの油と木や古タイヤで覆われた遺体の山に火をつけた時、多くの人々は泣き、お経を唱えていた。穴の上に炎が上がり、まっすぐたち上る煙が空へと送られていく間、何百人もの僧達はブーンという音に聞こえるお経を唱えた。

「人々はこれから長い間たいへん悲しい思いをしていくだろう。」と群集の中にいたDashiという中年の地元男性は言った。「チベット族はこのような災害をこれまで2,500年の間に経験したことはなかった。」

地震後、何千人もの仏教僧達が救命や復旧のために急いで駆けつけ、葬儀に集まったチベットの人々は彼らの働きを誇らしげに語った。

『鳥葬』
火葬の前に何人もの僧達は丘のより高いところで小さな『鳥葬』を見守っていた。それは遺体の一部をハゲタカに食べさせるものだ。そのハゲタカはその後の火葬の火からうねるように立ち上った煙の中を、輪を描いて飛んでいるのがみられた。

翼の幅が2メートルもあるハゲタカに体の一部を与えた遺体は地震で崩壊した家のなかで亡くなったおじのSuonaで、この儀式にたいして家族はお金を払ったと、Zhaxiというチベット族の男性は言った。

「もしできるとするなら、鳥葬は最善で最も純粋な方法だ。われわれの伝統が望んでいるのはこれなのだ。」とZhaxiは言った。

火葬を司った僧は1300の遺体をこの火葬で荼毘にふしたと語った。

ぐしゃぐしゃにつぶれた建物の下にまだ埋まったままの人達もいる。土曜の朝に何人かの人は瓦礫の下から生存した状態で引っ張り出されたと報道された。

玉樹の人々にとって葬儀は生活を再建しようと奮闘する中でのつかの間の出来事であった。

住民達と兵士と警察の救助隊も僧達と同様に崩れた家を丹念に調べ、死者や生存の可能性のある人を探し、それと同時に、テントや寒い屋外での生活を少しでも楽にするようなこまごまとした身の回りの品も探した。

よき輪廻
土曜の夜が明けてすぐ僧達は何百もの遺体を12体くらいずつトラックに積み、町の丘陵地帯にある合同火葬場に運んだ。

この儀式は優しさと感情を考慮しない現実的なものとが混ざったものだった。

僧達は布で包まれた遺体をトラックの荷台に横たえた。そこではそれらの遺体はまるで使い古された寝具の束のようだった。そして僧と住民たちはその上に座って、遺体が火葬場へ入れられる時祈りを捧げた。

「この祈りは彼らがよき輪廻を得て、苦しみから解放されるよう願うものだ。」と、この葬儀のためのトラックの一台を運転するボランティアをしているGansong Getaiという地元の役人は言った。

葬儀の群集はチベット族社会のあらゆる人達の行列だった。それは屈強な僧達であったり、日に焼けひび割れた顔をした遊牧民であったり、バイクに乗った長髪の若い男性であったり、役人であったりして、警官でさえも祈りをつぶやいていた。

警官はその場にいたが、群衆への対処はしないまま、深紅色の僧衣を纏った僧に遺体を渡していた。

「我々は皆チベット族、我々は皆同じ人間。」と地震の救援のために玉樹へやってきたチベット族の僧Laojiangは言った。彼の手は生存者を探すために瓦礫を掘って血にまみれた包帯に覆われていた。

「私はとても悲しいけれど、我々の最高の精神を示せたと感じている。」


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2010年04月16日

ハイチ: 地震で家を失った人の自発的な移住にはずみ

情報源:IOM

ハイチ政府が雨季の安全なシェルターを見付けるための過程を主導し、IOMとパートナー機関は、1月12日の地震で家を失った数千人の自発的な移住を進めた。

IOMは、ポルトープランス郊外のCorail Cesselesseという新たな土地に1417人を迎えた。
新たな住人達はPetionville Golf Club キャンプから移住してきた。そのキャンプには7500人が住んでいたが、危険で緊急に工事が必要と考えられたためだ。

ハイチ人にできる選択は、安全と証明された家に戻ること、一緒に住むホストファミリーを見付けることや、別の土地で仮住まいをすることなどがあるが、新しい土地への移住は最後の手段だ。

Golf ClubからCorailへ移住した人の数は日々増大し、4月10日には62人だったところが4月15日には521人となった。合計418のテントが建てられた。最後の手段の提供者として、IOMは次のパートナーに引き継ぐまでの間、Corailキャンプの管理者を務めている。

一方、Petionville とPort-au-Prince中心部の間の河川敷に沿ったValle de Bourdonでは広報活動が加速している。軍隊や国際的なコミュニティエンジニアが、2500人のコミュニティが住むエリアを危険と伝えた。川の小石が洪水のリスクを益しており、緊急時には大雨で人道支援も届かなくなると見られている。

住人は、援助団体Concernが運営する、ポルトープランスのアメリカ大使館にほど近いTabarre Issaという場所へ移住する選択を提示されていた。

火曜(おそらく13日)と水曜(同14日)、国際レスキュー委員会(IRC)の社会モビライザーのチームがVallée de Bourdonコミュニティへ状況説明に行った。木曜日、エンジニアは最も危険な場所を判定するためにその場所を訪れた。また、谷周辺の要所に記録・情報センターが設置された。活動は土曜(同17日)に始まり、4〜5日続くとされている。

IOM登録チームは現在までに30万人のハイチ人が家を失ったと登録されているが、明確な情報を集めるために進行中の調査では、全国で210万人が家を失ったと見積もられる。住民登録のプロセスは、ポルトープランス中部の大きな広場、Place de la Paix キャンプで木曜に始まる。

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2010年04月06日

ADRA、冬が近づくチリで被災者5000人にシェルターを提供

情報源:ADRA International

チリで冬に先駆けて降り始める雨に備えてADRAは、中部の海岸地方の家を失った約5000人の住民のために、半久的なシェルターを建築し、上下水へのアクセスを改善すると、団体事務局が報じた。

ADRAチリのJorge Alé氏によると、この新しいプロジェクトは、140万ドル(約1億3000万円)の見積りで2010年9月に終わる予定で、やって来る冬の間のシェルターを世帯に提供するだけでなく、生き残った被災者自身が自分の家を建て、仕事に戻り、生活を始めるようにと計画されている。

「これは、対象地域の被災世帯が恒久的なシェルターを必要としている状況に対応するために計画された全体的な過渡期のステップです。」とAlé氏は言う。

USAID/OFDAとADRA Internationalによる資金的サポートにより、半恒久的なシェルター計画(SPSP)では、最も被害の大きかった地域で家を失った1000世帯、約5000人を対象に仮設住宅を提供する。

ADRAはシェルターの建設を支援するため、基本的な道具と熟練した大工のチームを送る。大工はシェルターの建て方を各家族に指導し、必要に応じて建設に係る問題解決を行う。

Alé氏によると、このアプローチは家族が仮設住宅を長期的なシェルターに代わるものとして徐々に改良するために必要なスキルを学んでもらえるように、プロジェクトに永続性をもたせる。シェルターは松で作られ、防水シートとプラスチックシートで外をカバーする予定だ。構造は幅20フィート(6メートル)、高さ10フィート(3メートル)で、194平方フィート(18平方メートル)の居住空間を備える。家族が家を拡大する選択肢を持てるよう、各シェルターの基礎はさらに194平方フィート(18平方メートル)拡張される。


ADRAはチリ国家緊急事務局(仮訳。Chile's National Emergency Office/ ONEMI)など地方や国家の関連機関と連携して地元の市町村が対象者を選択するための支援を行う。

プロジェクトのもう一つの要素は、他の機関と協同して800の対象世帯に衛生設備へのアクセスを拡大することでもある。主に水で密閉したトイレとレンタルの持ち運べる化学式トイレを用い、各シェルターの用地で十分な、そして適切な衛生設備が利用できるようにする。

このプロジェクトでは、各トイレの場所に手洗いステーションを作り、そこに流水、水貯蔵コンテナ、ハンドソープのためのコンクリートか小石のパッドを備え、対象者が継続的に、より良く衛生習慣を行えるよう促す。

「世帯の大多数には既に十分な衛生習慣があるが、普段の設備が使えない緊急事態の状況で利用できる方法を知ることが大切だ。」とAlé氏は続ける。

家族が新たに建設した手洗いステーションを適切に使えるよう、ADRAは清潔な生活環境を促進する衛生教育のクラスも実施する予定だ。

トレーニングは衛生に関連する病気を減らすために大きな影響のある、4つの衛生習慣に焦点を当てる。正しい手の洗い方、食べ物の扱い方、ゴミ処理方法、安全な水の扱い方・貯蔵方法だ。トイレのメンテナンス、手洗い方法、ゴミ処理方法のデモンストレーションも行われる予定だ。

国連のレポートによると、チリで最も被害が大きかった4つの地域で180万人以上が地震と津波で被災し、37万軒の家屋が全半壊した。

原文URL:reliefweb.int
posted by CODE at 13:56| 中・南アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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