2010年01月28日

震源地であるハイチ農村部へ遅れる支援

震源地であるハイチ農村部へ遅れる支援

情報源:Reuters
2010/1/19

ポルトープランスから車で西へ2時間、ハイチ地震の震源地であるバナナの育つ丘では山腹から大きな岩の塊が引き剥がされて放り出され、道路には亀裂が走っている。そこで化膿した傷を負った生存者は大破した家の傍らで支援者に気付かれないまま眠っている。

地震の最初の揺れから1週間たち、豚がキイキイ鳴いている田舎の家で、頭に血まみれの包帯を巻いて1人の男性は動けない状態でマットレスに横たわっていた。
ある少女は背骨を損傷して麻痺しており、彼女の姉は額からうなじにかけての場所と目の上とに負った深い傷を粗野に縫合したところがじくじくと化膿した状態だった。「縫う前には頭骸骨が見えていた。」と彼女達の叔母であるCyndie Thelus(26)は震えながら語った。彼女は少女達を一番近くの昼間診療所へ連れて行ったが、1人目の少女を診察するには設備が足りず、2人目の少女にはごく初歩的な治療しかできなかった。
火曜日までに外国の医療チームは震源地近くの極貧の農村であるレオガンの野戦病院でようやく仕事を始めた。しかし岩の崩落の災害にあった丘の上に小さな集落があることを誰も知らないようで、そこの患者を診るために人員を送ることはできていない。

ここはマグニチュード7.0の猛烈な揺れの中心地で、青々としていた丘は裂けてひび割れていた。道路の上に崩れ落ちた地面から木が突き出しているのを地元の人達はのこぎりで切り倒していて、また、巨大な岩の塊が砕けた時に採砂場のトラック運転手が押しつぶされ、辺りの風景が一転して塗り替えられた場所を指し示した。
「揺れが始まった時、私は入浴中だった。走り出て、今まで丘があったところが空っぽの場所になっているのを見た。」とSeraphin Sonel(14 )は語った。彼女は崩れた採砂場の近くに住んでいた。

火曜日、レオガンのはずれの野原にアメリカ海軍の最初のヘリコプターが水と食糧を投下した所のまわりには地震の生存者が大勢押し寄せていた。しかし今緊急に必要なのは眠るためのテントと医療行為だと彼らは言っていた。「私達には何もない。家にあった食料は瓦礫の下になった。お金もない。水さえない。」と、Rebecca Mirlind(25)はボーイフレンドと一緒にヘリコプターが着陸するのを見ながら言った。「これは確かに助けになる。」でも最も必要なことは感染症に罹った傷が致命的な状態になる前に人々が処置を受けることだと彼女は言った。「負傷した人がたくさんいる、手足を損傷して苦しんでいる人たちが。」

茫然とした見物人達はアメリカの“侵入”を見ていた

国際的な支援者と物資はこの数日のうちにハイチに投入された。しかしハイチの通信設備の破断や悪い道路状況、瓦礫の散らばった首都の混沌状態などが原因で、人々が支援や情報を受け取ったりすることが困難になっている。特に郊外では難しい。火曜日に食料の投下を見ていた人々の多くがそれをアメリカの侵入かのように、そしてその食料は自国の軍隊のためのもののように初めに思った。
「今現在のところ、できるだけ早く必要な物資を手に入れる計画になっている。」とClark Carpenter大佐は語った。国連のトラックが食糧支援を配給しはじめる地点となる安全な投下場所を数十人の海兵隊員が設営するための広報官である。彼は医療支援がなされるかどうかについては何も言えなかった。

国境なき医師団はレオガンの外れの野戦病院で200人以上の患者を診察し、日本の医療チームも36人以上を診察した。他の外国のチームはこの数日のうちにレオガンの設備の乏しいSainte Croix診療所へ到着する予定である。
「今必要なのは手術設備です。」とアメリカ人Suzi Parker(66)は言った。彼女は崩れ落ちかかっている宿舎からかろうじて逃げ出し隣の診療所に駆け込んだのだ。時計と眼鏡以外の持ち物はすべて失ったので、今は診察着を着て過ごしている。

農民達がサトウキビや揚げたバナナ、キャッサバのパン、米などを食べて暮らしていた赤土の丘では木や波型トタン板の小屋が建てられていた。これらの小屋は20万人以上の人が亡くなった首都の高層コンクリートビルに比べて揺れには強かった。
しかし粗末な軽量コンクリートブロックで建てられた家に住んでいた多くの人々は亡くなったり怪我をしたりした。今レオガンの人たちはみんな星空の下か、波型トタン板を木の枠に釘で打ち付けた頑丈な三角形のシェルターの中かで寝ている。

首都からレオガンへ向かう穴ぼこだらけの道路際には、小さな赤ちゃんも含む数十体の浮腫んだ遺体が、見向きもされず照りつける太陽に焼かれて腐敗しつつ横たわっている。
急いで治療されなければ多くの人々が壊疽した傷によって亡くなる危険がある。

「この(地震での)騒動の前ですら、ここの病院はかろうじて役目を果たしているような状況だった。今やどんな状況か想像できるだろう。」とアメリカ陸軍の支援物資を投下する地点の調査測量をしているJoel Beauburn(34)は言った。
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2010年01月22日

マイアミの学校とハイチの子どもたち マイアミの学校とハイチの子どもたち

マイアミの学校とハイチの子どもたち

情報源:Agence France-Presse (AFP)
2010/1/22

フロリダ南部の学校が、地震の被害にあって避難してきた子どもたちの受け入れを始め、その子どもたちに対しては特別なプログラムが用意されることになった。
マイアミは、被害を受けたハイチからの人の流入を視野に入れ、新しく生徒を受け入れることができる学校として15校用意をした。

水曜までに、60人のハイチ人生徒が受け入れを認められたと発表されている。
被害にあったハイチの子どもたちの多くがフロリダ南部に来ることは確実であるが、問題は、いつ、どれくらいの子どもたちがくるのかということであるとしている。

マイアミの行政側は、このような子どもたちが出来るだけ早く学校に行けるように努力するとしており、今回の地震で身分証明紙をなくしてしまった場合でも受け入れると言っている。
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長期的視点でのハイチ再建

長期的視点でのハイチ再建

情報源:United Nations International Strategy for Disaster Reduction (ISDR)
2010/1/22

破壊的な地震がハイチを襲ってから1週間以上が経った。ハイチはこの規模の地震への備えはしていなかった。
UNISDRは、ハイチを災害に強い国へと変えていこうという活動を行う予定をしている。
減災への取り組みは、2005年に日本で行われたthe Hyogo Framework for Actionなどのようにすでに国際的に行われている。
ハイチ政府や他のパートナーとの協力のもと、病院や学校再建の際にはその構造やデザインにおいて減災への考えを取り入れながら、安全なハイチ再建の手助けを行っていく。このような減災への取り組みが、将来起こりうる災害から住民を守ることへの一番の方法であるとしている。
このように、長期的な視点からハイチの再建を考え、ハイチの安全と安心を確保していっている。
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CWSによるハイチ地震レポート

CWSによるハイチ地震レポート 

情報源:Church World Service (CWS)
2010/1/22

状況:
CWSは、パートナー団体とともに支援を続けている。今は、地震から生き残った人たちが都市を離れて田舎や避難キャンプに移動しているので、その人々の支援に力を注ぎつつある。40万人が避難キャンプに移動すると予想されている。

CWSは、現地のニーズに応えるために救援物資を届けている。その内容は以下のようなものである。
・ 500枚のブランケット
・ 1,125セットの乳児ケアキット
・ 10,595個の衛生キット
・ 720個の歯磨き粉
・ 25個のバッテリー付き懐中電灯

などが第一回目の物資輸送で送られ、その後も同じように追加的に物資輸送が行われる予定である。

その他、Port-au-Princeから2時間離れた場所にあるキリスト教の学校には、初期治療や緊急治療のスペースが作られている。その定員は30名ほどしかないが、働いているスタッフによると、その病院で回復した患者がまたさらに怪我をして戻ってこようとするケースがあるらしい。彼らは、回復して都市に帰ってもそこには何も残っていないのである。

また、食料支援についても長期計画の焦点となっており、障害者や被害に遭った子どもたちへの支援に焦点を当てている。
他にも、障害者に対するリハビリや震災からの回復を目的としたプログラムも予定しており、それに向けてCWSはボランティアネットワークの強化を行っている。

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2010年01月21日

モンテネグロ 水害

モンテネグロ 水害

情報源:International Federation of Red Cross And Red Crescent Societies (IFRC)
2010.1.12

国際連合の災害緊急援助基金(DREF)は、連合によって創設された、緊急事態に対応して赤十字と赤新月社の迅速な財政支援を確保するための予算に計上されない基金である。DREFは国際連合の災害応答システムの必要不可欠な部分で、国際社会の災害対応能力を高める。

モンテネグロ赤十字が、約1100人の受益者に対して緊急援助を行うのを支援するため、USD82400が連合のDREF基金から割り当てられた。DREFに予算外の資金を返済することが奨励される。

要約:昨年12月に始まった異常降雨は2010年の1月10日まで続き、深刻な物質的損害をもたらした。Skadar湖を囲む地域の非常に多数の家屋、Ulciniの自治体、Bojana川の近隣、Golubovci, Zeta自治体、Cetinje, Rijeka,Crnojevica, abljak Crnojevicaの自治体、Bjolopavlici平原とNiksiciの自治体が洪水の被害を受けた。245世帯1100人が避難しなければならなかった。

この事業は3カ月にわたって実施される見込みで、2010年4月14日に完成する。事業終了3カ月後に、最終報告書が利用可能になる。

<被災状況>
2009年12月25日から2010年1月10日まで何日間か続いた激しい、持続的な降雨は、Skadar湖とBojana川の劇的な水位の増加を引き起こした。これにより、Ulcinj自治体の川の近くに住む人々と、湖の近くに住む人々、Bar自治体、Golubovci自治体に甚大な被害をもたらした。Kurilo,Rijeka Crnojevica, Ada Bojanaの住民といくつかの近隣の村の住民が、その家畜や所有物と共に避難しなければならなかった。たった24時間で、Rijeka CrnojevicaにあるSkadar湖の湖水は、洪水で100cm以上も上がり、多くの家屋に洪水をもたらした。

水位はまだ増加しており、もしこのまま続けば、危機的状況にある地域の住民だけでなく、Moraca川の水位もまた上がっているため、Golubovci自治体に住む人々にも、より多くの深刻な人道的被害をもたらすかもしれない。 

激しい降雨は他の町でも起こり、Montenegroの大陸部分、NiksicとDanilovgradの自治体でも多くの村で洪水が起こり、危機的状況にある。

この状況は甚大な物質的被害をもたらした。推計では、20の集落が危機的状況にあり、100世帯450人が影響をうけた。ビルへの物質的被害は水位が低下してからのみ評価される。現在、集落には電気がなく、冷蔵庫や冷凍庫に保管していたすべての食物がダメになった。また、穀物や畜牛が失われた地域もある。

状況は刻々と悪くなっており、被災した人々のニーズは増えてきている。ここの人々は主に畜産をしているが、今は洪水により畜牛の多くが失われたり、水におぼれたりしてしまった。これが状況をさらに複雑にしている。

<ニーズ>
被災地域に住む人々は緊急的に、避難所、衛生製品、と生理用品、飲み水と食糧を必要としている。激しい降雨は続いているため、状況は悪化している。被災地域の住民は避難しなければならなかった。

現在では、緊急人道的支援を必要としているのは245世帯ある。被災した人々は深刻な状況に直面している。家には電気がなく、飲み水や基本的な食糧や衛生製品がないからだ。すべての家財道具は損傷し、つまり人々は食事を用意したり、基本的な衛生状態を保ったりなどの日課が行えなくなっているからだ。

激しい降雨により起こされた洪水のすぐ後で、赤十字のチームは現場で、地域と国の保護救援サービスとともに状況評価をしている。彼らは共同して被災民と、その緊急状況下での基本的ニーズの予備リストをつくった。先に示されたように、被災民(245世帯、1100人の受益者)のニーズは複雑で、十分な量の食糧、飲料水、毛布、ジェリー缶(燃料などを入れるための19リットル缶)衣類、ゴムブーツ、レインコートが供給されることを必要としている。

受益者のグループの年齢と地理的位置は以下のように分類される。

図はhttp://www.reliefweb.int/rw/RWFiles2010.nsf/FilesByRWDocUnidFilename/MUMA-7ZN46F-full_report.pdf/$File/full_report.pdfを参照ください。

この事業で到達されるべきすべての人民のうち、3パーセントの人が障害を持っていて、7パーセントの人が慢性的に病気である。




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2010年01月15日

CRSからの救援がハイチに到着

CRSからの救援がハイチに到着

情報源: Catholic Relief Services (CRS)
2010.1.15

CRSからの救援物資がハイチのPort-au-Princeに到着しようとしている。CRSは物資保管場所から食料や水などを提供準備しているところである。追加の救援物資もドミニカ共和国から運ばれてきている。
CRSは、支援額を2、500万ドルまで増加させようと計画しており、現状は、ニューヨークの野球チームやBill & Melinda Gates Foundationからの寄付を含め600万ドル以上をすでに受け取っている状況である。
すぐに追加救援物資である小麦やオイルが届くようになっており、すぐに配給する予定である。
近くのドミニカ共和国では、CRSが5万人分の食料パックを準備しているところで、そこにはビスケットやジュース、ソーセージやナッツ類など様々な食料が含まれている。また、水を蓄えられるコンテナや浄化剤、調理器具などの供給準備も進めている。
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ハイチからの情報

ハイチからの情報

情報源:FoodfortheHungry
2010.1.15

7つの病院が崩壊していて、残りの病院で被災者の手当をしなければならないため、地震の直後から病院が定員オーバーの状況となっており、初期対応に使うようなガーゼなどの物資を使い切ってしまった。何千人もの人が負傷しているにもかかわらず、満足な治療が出来ない状況で、結果として亡くなってしまうケースも多い。アメリカ政府からの手助けが完全にストップしてしまってから、市民の恐怖は高まり、亡くなった人々は道端に放置されたままとなっている。
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ハイチの地震被害状況♯4

ハイチの地震被害状況♯4

情報源:OCHA
2010.1.15

・ 物資運搬機能、交通手段がいまだに救援物資の運搬に大きな影響を与えている。被災者のニーズは、アクセスが可能になり始めるとともに、アセスメントが実行され、確認中である。
・ 住むところを失った人々は色々な場所に散らばっている。一時的な簡易住宅も早急に必要である。
・ 15の場所で救援物資の配給が行われており、WFPも13,000人のスタッフも、食料や水浄化剤などIOMから提供された救援物資を持って現地に到着する。
・ 26の救援隊が現地で動いているものの、今のところ追加の救援隊が配置される予定はないようである。
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