2007年01月25日

アフガニスタン:ビジネスを始める女性が増加

2007年1月25日 ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティ(RFE/RL)
−アフガニスタン北部の町マザリシャリフでは、女性が自らビジネスを始めだしまし
た。このプロジェクトは、同国の女性課題省により強力に支援されています。同省
は、現在男性に支配されている分野を女性が担い、女性が経済的に自立することを望
んでいます。

この数週間のあいだに、マザリシャリフでは、数人の女性が自らの店舗を開き、手工
芸品・化粧品・衣類を販売し始めました。
新しい始まり
これは、アフガニスタンではめずらしい光景であり、−アフガニスタンでは、何年に
もわたって、女性は家庭外での生活を禁止されていました。−これまで男性の分野と
考えられていたところへ女性を進出させる小さな試みなのです。

女性が店主として働いたり、男性にできることが女性にもできると知って、大きな関
心と喜びが女性の間に広がっています。新しく店主となったBibi Roghyaさんはにぎ
やかな市場の中に小さな売り場を構え、アフガン女性が作った伝統的な衣類を販売し
ています。

Roghyaさんによりますと、彼女や彼女の仲間の仕事についてなんらかの非難はありま
すが、たいていの人はこの新しい動きを歓迎しているそうです。「10%ぐらいの人
は女性の店主に賛成しないだろうけど、残りの90%ぐらいは私たちを歓迎している
わ。」「多くの女性が喜んでいて、女性が商品を販売する大きな市場がほしいと言っ
ているのよ。」とRoghyaさんは述べました。

さらなる自立
女性の中には男性の店主からよりも女性から買うほうが気持ちがよいという人もいま
す。この動きは男性にも歓迎されています。マザリシャリフの住民Wakeel Ahmadさん
は女性がお店を営むのを見て感動したといいます。

「私は女性の店がここに2軒あるのを見ましたよ。女性がビジネスをしているのを見
て、とてもうれしく思っているよ。これは良い方向性だね。女性の店がもっともっと
増えて、女性の生活が楽になることを望むね。」とAhmadさんは話しました。

批判はありますが、それはこのプロジェクトを止めさせるほどのものではありませ
ん。

この町の主たるモスクでの祈祷の中心者となるAhmad Shah Ansariさんは、正式なイ
スラムの衣装を着けずに女性が公衆で販売を行うことは、適切ではないと語りまし
た。「現状では、女性はお店を開くべきではありません。イスラム法では、イスラム
のベールをつけるという条件の下で男女にビジネスを行わせています。しかし現在の
こちらの状況では、女性はお店を構えることができません。」

拡大のための計画
しかし、女性課題省は、ビジネスを営み、経済的に自立する女性が増えるよう支援す
ることを決定しています。

アフガニスタン女性課題省の上級広報官であるKarimeh Salekさんは、同省が今後
数ヶ月間、女性が店舗を開くことを応援するとRFE/RLに語りました。「マザレでは女
性が店主となることが許されているのです。バーミヤンでも女性が自らの店舗を経営
しています。バーミヤン中から女性が集まり、必要なものを女性から買うことをとて
も楽しんでいます。私どもは、これを全国34州に広げたいのです。もちろん、治安
の安定している州においてです。カブールの女性のように女性に店舗を持たせたいの
です。女性の広場(カブールにある市場)では、女性店主の店が約20あります。」


Salekさんによりますとこのプロジェクトはタリバン政権の名残りから解放し、−タ
リバン政権下では女性は学校や職場から除外されていました。−女性に対する社会の
態度や考え方を変えようとする同省の取り組みの一環なのです。

また、女性に対する家庭内暴力の削減にもつながるとSalekさんは考えています。
「家庭の経済状況が良くなれば、暴力は少なくなるのです。」「家庭の経済状況が悪
ければ、緊張や争いや暴力が起こり、女性の権利は侵害されます。」

希望の高まり
アフガニスタン北部と比べると、マザリシャリフでは女性は比較的自由を享受してい
ます。

それでも、このプロジェクトは女性に勇気と未来への希望を与えるものだと、マザリ
シャリフにあるRFE/RLのラジオ・フリー・アフガニスタン特派員Zohreh Safiさん
は、話しています。
「女性が店主として働いたり、男性にできることが女性にもできると知って、大きな
関心と喜びが女性の間に広がっています。」「これはとても良い動きであり、女性の
勤労意欲を高めています。」

女性課題省のSalekさんはこのプロジェクトがアフガニスタンの他の地域における女
性の状況に影響を与えることを願っています。「暫定政権の樹立以降、女性の地位は
少しずつ向上しています。力によって物事を受け入れさせることはできません。」
「ある州で女性が成功するのを見て、他の州においても状況は、変化していくでしょ
う。」

観測筋の多くは、アフガニスタンの女性の権利は、今後の治安に大きく左右されると
考えています。

情報源:ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティ(RFE/RL)
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流血のダイヤ・金・銅

映画「Blood diamond」の上映が始まったが、鉱山で働く百万人を超す子供が死や大怪我の
危険に面し、学校にも行けないでいる。シエラレオネは「Blood diamond」の舞台で、ダイヤ
モンドを含む鉱物の危険な採掘作業のために、子供たちが日々搾取されている国のひとつ
で、これらの国は世界中に50以上ある。

◆ニジェールやブルキナファソのような国のアフリカのサヘル地域では約20万人の子供達が
小さな金や鉱物の鉱山や採石場で働いており、この数はこの産業全体の労働力の3分の1
以上に当たる。
◆コンゴ民主共和国では、約4万人の子供達が地下深くでダイヤモンド、金、銅、コバルトを
含む鉱物の採掘業を行っている。
◆フィリピンでは1万8千人近くの子供達が金、銀、銅の採掘業に関係している。

鉱山労働は最も命の危険がともなう児童労働のひとつであり、たった5歳の子供が耐えがたい
状態で長時間働いている。子供達は崩壊する危険にある悪い状態で建築された鉱山で深い
地下で何時間も働かされた。彼らは川や洪水のトンネルに飛び込まされたり、小さな危険な
場所へ行くためにモグラのように使われている可能性がある。他数十万人が岩を粉砕・運搬、
鉱石を加工したりして、鉱山のまわりで日々を過ごしており、しばしば、大変に危険な鉱石を
扱ったり水ぶくれになるような熱や埃にさらされている。

鉱山業は地上でも地下でも全ての子供達の権利を侵している。鉱山の身体への危険に加え
て子供達の健康は重金属に汚染された土、水や空気によりとても悪くなっている。子供の鉱
山労働者は学校に行けず清潔な水を飲むことが出来ないため健康管理が出来ない。孤立し
た鉱山の地域では周知のように広まっている暴力、犯罪、売春の恐怖が多く存在している。

セーブ・ザ・チルドレンの、搾取された子供たちのアドバイザーであるDaniela Realeの話:
「とても多くの子供達がいまだに世界中の鉱山でそのようなひどい危険にさらされているなん
て考えられない。非公式な鉱山があるところはどこでも自分の命、健康、未来に危険がとも
なっている子供達がいる。子供達は待てない。緊急活動は子供達が適切に鉱山の危険から
守られる事を確かめる必要がある」

セーブ・ザ・チルドレンは以下の事を求めている。
◆全ての政府が緊急問題として鉱山の子供労働者をなくすこと
◆鉱山事業は子供達が掘らされてなくて彼らの周りの鉱山で確実に守られるよう意味の
ある実用的な対策を講じること
◆鉱山会社は仕事状態や非公式な鉱山を含む家族の暮らしを改善するために積極的に
支援開始をすること


情報源:セーブ・ザ・チルドレン国際連盟
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タグ:子ども
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2007年01月24日

復興の足音:パキスタン地震の被災地で

7万3000人もの死者が出た大地震から1年余り、災害がもたらした社会の変革

ALLAI VALLEY、パキスタン
釘や鉄板の活発な売れ行きに、Anwal Farozeさんは、求めていた以上の明るい見通し
を感じている。彼の経営する小さな金物店は、パキスタンの被災地の中でも、最も辺
鄙な山間部の一つに位置している。そして今、16年間の商売で、かつてないほどの
売上を記録している。
“需要はまだまだあります。みんな建て直しに大忙しですから”とFarozeさんは語っ
てくれた。そのふさふさとしたあごひげが、明るい笑顔をより強調しているように見
える。

人類史上最悪の自然災害の一つに数えられる、この破壊的な地震で、7万3,000人
もの死者が出た。あれから1年余り、そして2度目の厳寒の冬を迎えて、彼自身の復
興は国のそれを象徴しているようでもある。

しかしFarozeさんの店舗が証明しているように、復興の度合いは建物の再建だけで計
れるものではない。この極貧の山間部においては、別の意味で人々を活気づけるきざ
しがある。地域の自治体や救援機関は、軍や国際救援機関が――双方ともかなり縮小
しているが――やり残したままの所から着手し始めた。以前の社会や経済の仕組みが
活気を取り戻し、さらに今、外部からもたらされた変化も――女性に関してであれ、
日常の生活に関してであれ――単なる復興だけでなく、さらに前進したいという地元
の人々の願いに支えられ、ひとり歩きを始めている。

地震は、コネチカット州の2倍ほどのエリアで、20万戸以上もの家屋を破壊した
が、ここAllai Valleyだけでおよそ1万戸も倒壊した。そしてカシミールや北西辺境
州(NWFP:North West Frontier Province)で300万人以上の人がホームレスと
なった。去年ヒマラヤの冬が猛烈な勢いでやって来た時、60万人もの人々が集ま
り、大急ぎで野営テントを建てた。今、再び冬の到来だが、IOM(国際移住機関)に
よると、このたびテントに取り残されているのは3万人ほどであるということだ。

難問が解決したと言うわけではない。完全に再建された家屋はまだまだ少なく、
OxFam International (オックスフォード飢餓救済委員会)によると、200万人
近くが避難所で二度目の冬を迎えることになる。

“コミュニティーが自分達の生活に,責任を持って関わることは、我々が望んでいた
事です。”政府の地震復興庁(ERRA)のDeputy DirectorであるLt.Gen.(中将)
Ahmed Nadeemはそう語ってくれた。“彼らがこの苦境を前進の機会へと転換させて
いく兆しは、既に見てとれます。”

Zahid Amin氏の手狭な事務所では、その(復興への)決意がはっきりと感じられる。
氏はカシミールの首都ムザファラバードにあるDevelopment Authorityの責任者であ
る。事務所は地震の後、廃墟となっていた。地震ではこの地区でおよそ3万人が死亡
した。12月にAmin氏は、国際救援隊の職員と軍からなるチームを率いて、市にある
避難所を調査した。そしておよそ3,000の家族が、いまだテント生活をしている
事実を確認した。そのことは問題である。しかしAmin氏のスタッフが、そのような調
査をきちんと出来た事がそもそも、地方政府が立ち直りつつある証明であると、オブ
ザーバーは述べている。

“これは大きな判断基準になります。現にこうして開発当局は調査を続けていま
す。”と、ムザファラバードにあるIOM事務局のチーフ、John Sampson氏は語った。

だが、ホームレスの確認と、彼らの救済は別の問題である。ほとんどのオブザーバー
は地方の行政局(local civil administrations)が自ら機能を果たせるようになる
には、まだ数ヶ月かかるという点で、意見の一致をみている。そのうちに、国際機関
と地方機関が蜜に連絡を取り合って、もたつきがちな行政局や軍部と共に、活動する
ようになるであろう。しかし、問題もある。

Saeem Muhammad Kianiさんは、(調査から)抜け落ちてしまったうちの一人だ。地震
から1年以上経って、35家族からなる彼のコミュニティーは、今でもムザファラバー
ドの中の飛び領土であるChella Bandiでテント生活を送っている。地震によって彼ら
の先祖代々の家は、山の斜面を滑り落ちるように倒壊し、後に残ったのは粉々になっ
たセメントと土だけであった。

“冬の寒さの為、ほとんどの子供たちはすでに病気になっています。”と、Kianiさ
ん。彼は今、自分達のコミュニティーが再生できる新たな土地を、政府が特定してく
れるのを待たねばならない。

二度目の冬を迎えて、しかしこれは別の大きな希望的展望に比べれば、小さな不安材
料でしかない、と、Andrew Macleodさん。彼は国連の居住コーディネーター及び、
ERRAの副長官(deputy director)に対し、救済から復興への移行が(上手く行くよ
うに)助言している。

Allaiと同じ様に辺境の山間部の村においてさえ――そこでは人口14万8,000人に対して
2,000人以上が亡くなったが――生存者のほとんどが、政府から、再建に必要な災害
援助金を受け取っている。これまでのところ、一家族にだいたい1,600ドルの補助金が
支給されたが、それは被災した60万世帯のうち47万5,000世帯に達し、総額はほぼ5億
ドルに達する。政府はおよそ10億ドルがすでに、救済と復興に使われたと見積もっている。

今年の冬は寒くなりそうだ。しかし、危機的状況は回避できそうだ。人々は充分な毛
布、布団、そして防寒服を持っていると、オブザーバーは語った。セーブ・ザ・チル
ドレンUSAはAllaiの子供達に4,500以上の防寒用品を配布した。そして軍が仮設住宅
のために送った2万5,000波状の亜鉛鉄板を補充した。国際赤十字・赤新月社
連盟は全域に渡るほぼ10万の人々に4万枚の布団を含め、仮設住宅や救援物資を
空輸している。

“これは歴史上、自然災害に対する、最も偉大な取り組みである。我々がここ12ヶ月の
間に目にして来たものは、早期復興の最上のモデルの一つとして、今後見られる
であろう。”と、Macleod氏は語った。

お金や救援物資が滞らなくなったと同時に、金銭だけでははかれない別の進展もま
た、村に入り込んで来ている。ヒジャーブ(顔を隠すスカーフ)を巻き、柔らかい口
調で話す女性Farha Deebaさんは、Allaiの小さなテントの中で、数ヶ月22人の村の
女性を指導してきた。彼女は、セーブ・ザ・チルドレンUSAの支援を受けて、裁縫や
庭仕事、その他の技能を教えてきたのだ。この地域では、女性はある専門的な職業以
外、決して働くことはなかった。最近まで、ほとんどの女性が厳格な宗教上の慣習に
従って、家の中に押し込められていた。しかしひとたび訓練を受けると、多くの女性
はそれを広め、他の女性にも(積極的に)勧めている。

“彼女たちは公の会合で、その事について自分達で話し合っています。別の女性がそ
れを知ると、自分も訓練を受けたいと申し出ます。それは日に日に広まっていま
す。”と、セーブ・ザ・チルドレンUSAの生活課(livelihood officer)の役人であ
るDeebaさんは話してくれた。

パキスタン地震の被災地では、今や最悪の事態は過ぎ去った。なので、残された大き
な課題の一つは、パキスタンの中でも、最も貧しい地域の一つに挙げられるこの地区
で、継続できうる生計の手段を生み出す事であろう、と、オブザーバーは述べた。そ
の目的の為に、政府はすでに、レンガ職人や配管工のような様々な訓練を行ってき
た。

Allaiの市場の、北方にある店を経営するDelawar Khanさんは、他の人より先を行っ
ているようだ。彼は携帯電話の販売を始めた。それは最近やっと、この地域で使用可
能となったものだ。毎日約250人の人が店を訪れます。ただ一つだけ問題があるので
す。非常にたくさんの人が電話をかけるため、回線がいつもマヒするのです。と、
Khan氏は語ってくれた。

情報源:The Christian Science Monitor
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2007年01月22日

「アフリカの角」でますます増加する苦難に直面する子供たちと家族

セーブ・ザ・チルドレンはアフリカの角の子供たちを手助けするために活動しています。アフリカの角に
住む人々はその地方に何十年も続く洪水によって住居を追われ危険に晒されていますが、紛争に
よって更なる危険が押し寄せています。

ソマリアでは、エチオピアがイスラム法廷会議の勢力拡大を阻止するために侵攻してきたため、
12月中旬までに推定75,000人の人々が故国を追われてしまいました。治安が悪いために、子供た
ちは学校にも行けず、家族からも引き離されて紛争に巻き込まれ負傷する危険性が高くなっていま
す。ケニアにあるソマリア人難民キャンプでは167,000人の人々が最近の洪水による被害を受けま
したが、その洪水によりケニアでも推定723,000人がより困難な状態に直面しています。

救援専門家によると、ケニア、ソマリア、エチオピアのいくつかの地域で過去二ヶ月間非常に激しい
雨が降り続いたために1,800,000人の子供たちとその家族が危険に晒されているそうです。セーブ・
ザ・チルドレンはその地域で、42トンの毛布、蚊帳、給水コンテナ、避難所で使うビニールシートな
どを含む生活援助物資を配布しています。 ケニアではリフトバレー熱やマラリアに感染する危険
性が高まっているために、セーブ・ザ・チルドレンはWajir 地方で子供用衛生キット3000個、蚊帳
3000帳を配布しています。

The agency はソマリアのShabelle 川沿いの地域にいる80,000 人以上のソマリア人に対し集中的に
援助活動を行っています。 セーブ・ザ・チルドレンはそこにいる約6,000家族に向けて活動していま
す。The Agency はまた、洪水のために2,000人ほどの人々が避難しているケニアのマンデラ地方
の被害状況を調査しています。

セーブ・ザ・チルドレンUSAの緊急対応活動を率いているRudy Von Bernuth氏は「我々は最も必要
に迫られている子供たちやその家族への避難所や清潔な水の補給を優先しています。そして、世界
中のセーブ・ザ・チルドレンのメンバーが深刻な危機的状況を認識し、最適な救援を行うために努力
を続けています。」と述べています。

最も劣悪な状況に瀕している地域の一つである Belet Weyne にいるセーブ・ザ・チルドレンのス
タッフは既にビニールシート、蚊帳、毛布を含む救援物資の配布を始めています。また、洪水で
被害を受けた町の仮設滑走路の補修工事に取り掛かっています。沢山の道路が流されてしまっ
たために街へのアクセスが非常に困難になっているのです。

崩壊しやすい(自然災害や社会不安に対する備えが弱い)地域での活動

ソマリアやアフリカの角一帯は継続的に紛争、干ばつ、洪水などに苦しんでいる地域ですが、そこ
に住む人々にとっての最近の脅威は大洪水です。セーブ・ザ・チルドレン’s aid の活動家は、政治
的不安定と広範囲に及ぶ紛争によって恐怖を与え続けられているコミュニティーは人道的に危険
な状況に陥っていますが、その状況は洪水によって更に悪化している、と警告しています。子供た
ちは既に非常に危険な状況にあり、幼児と母親の死亡率は世界でも最も高いレベルにあります。
不安定な状況下でのタイムリー本格的な対応がますます難しくなっています。

セーブ・ザ・チルドレンは最近の紛争の最前線となっていた中央ソマリアのHiran 地方での救援
活動を一時中止しています。安全が確保されれば再開する予定です。The agencyはソマリランド
の Puntland と Togdheer 地方で緊急支援、教育支援、基礎的医療支援、食糧支援、生活支援
などの集中的な活動を続けています。

セーブ・ザ・チルドレンはこの地方の調査を続け、子供たちのニーズに適した支援を行っていき
ます。

情報源:セーブ・ザ・チルドレン同盟
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2007年01月19日

地域の人びとがアフガンの学校を見張っている

国中で多発する、放火攻撃へ立ち向かう事ができない政府は、
学校と子供たちを保護するため、一般市民の助けを求める

Sayed Yaqub Ibrahimi in Mozar-e-Sharitによる(APR No.239,19-Jan-06)

モハメド・ガル(Mohammad Gul)は、かつて教師になることを夢見ていた。13歳のとき、
問題の多い、ヘルマンド(Helmand)南方地方のMaarja地方にある高等学校へ行った。
そこで、彼は、大学へ行けるよう、良い学位を得るために、熱心に勉強した。

しかし、彼の学校は、昨年、全焼してしまった
―州当局を徐々に衰退させることを求めている反乱者によって放火されたのだ。

「私は、私の夢をかなえられるとは思っていない」「もし、政府が学校を再建したとしたら、タリバンは、
再び学校を燃やすでしょう。これが、私達皆がどのように感じているかです。政府は、学校のために
テントを供給したが、私達は、テントと共に燃やされるのではないかと恐れている。」と、 モハマド・ガル
はIWPRに話した。

モハマド・ガルは、まさに、未来が、アフガンでの学校攻撃の風潮の増加によって危険にさらされて
いる、何千もの子供たちのうちの一人である。

過去何年間か間に、100以上の学校が全焼された。これは、大統領ハメド・カーザイ(Hamed
Karzai)の内閣の、主要な業績を覆す恐れがある。

国内中、しかし、特に南部地方で、タリバンの崩壊の後、鳴り物入りで開校された学校が、静かに
閉鎖された。なぜなら、両親と生徒たちは、武装した反乱者からの報復を恐れているからだ。ほとんど
の人は、特に、女子の非宗教的な学校教育への原理主義者達の対立を引用して、タリバンを責め
ている。様々な代弁者達によってなされた陳述の中で、タリバンは、これらの攻撃の実行を否定した。

誰が学校を放火しようとも、それはアフガニスタンの新たな世代への教育に広く行き渡る否定的な
衝撃を与える。

正確な統計は、得難い。しかし、ほとんどの専門家たちは、すべての就学年齢の子供たちの半分が、
現在、入学を許可されたにすぎないと見積もっている。

アフガン保安部隊は、問題によって打ちのめされた。そして、政府は、自身がすべてのその学校を保護
するための能力を欠いている、と率直に認めた。

「警察の数には限りがある。」と内務省の代弁者、ザルマイ・バシリ(Zalmai Bashiri)は言った。「だか
ら、今、民間人が、彼らの学校を警察が守ることを助けている。」

バシリは、教育保護委員会に言及している。−彼ら自身の学校を防御するために、コミュニティーを
結集するために、政府によって設立されたグループだ。

モハメド・セディク・パトマン(Mohammad Seddiq Patman)、教育大臣代理は、IWPRに、委員会
は彼の省(教育省)とアフガン防衛内務省、国家保安省の共同で計画された、と話した。それぞれ
の地区は、地区政府主任、地方保安長官、教育監督、牧師、村の長老が配置されている中央
委員会を持つ。

それから低い階層で、地方のコミュニティーからメンバーを募集した副委員会がある。村や学区の
住民らは、夜間、学校を守るために、代表者を選ぶ。それは、最も攻撃が起こる時間である。
攻撃が発生した場合、彼らは、地方住民たちに、警報機、又は、電話の音によって、警報する。

パトマンによると、過去の問題は、地方の人びととの協調関係がなかったことだ、ということである。
住民らは、保安部隊が彼らを守ることを期待した。だから、彼らは、彼らの学校についての責任を
負わなかった。

今、中央当局が学校を安全に守ることができない。地方の人びとが、彼ら自身でそれをしなければ
いけないだろう。

パトマンは、その新しい計画がすでに実を結びつつある、と言った。

「過去の数ヶ月の間で、攻撃回数は減ってきている」と彼は言った。「さらに、攻撃があった時、
地方の人びとは、地方当局との協力関係によって攻撃を防ぐ。」

先月のヘルマンドでの一つのこのような出来事が起きたとき、委員会の護衛たちは、反乱者たちが
学校を焼き払おうとした時、村人たちに警告した。

「村人たちは皆、現場に押し寄せ、そして、火を防ぐだけでなく、攻撃者らを捕らえた」とパトマンは
言った。地方住民は、労働かお金で貢献している。もし、学校を交代で守ることができなかったら、
彼らは、守っている人々へ資金を供給する。ほとんどの学校は、当番で、2〜3人当てる。

ナザール・モハンマド(Nazar Mohammad)というアフガニスタン北部のBalkh地方のチャムタル
(Chamtal)地方の住民は、計画が成功していることを認めた。

過去数年間、私達の学校のいくつかは、火を放たれた。と彼はIWPRに話した。「私達は、皆、
私達の子供らが傷つくのではないか、と懸念している。」

村人たちが、安全を供給しているので、と彼は言った。「両親らは、たとえ攻撃が起きようとも、
安心していられる。損傷、怪我を防ぐために、誰かが確実に回りにいるでしょう。」

「3人の村人たちが、私達の子供たちが通っている学校を守っている。」と彼は言った。「私達は、彼ら
と働いている。そして、私達は、もし、必要であれば、彼らを助けます。私達は、皆、警察の電話番号
を持っている。そして、もし、何か起こったら、私達はとてもたやすく彼らに連絡を取ることができる。」

宗教指導者達は、より精神的なアプローチをしている。「安全を確保するのに最も良い方法は、
態度を変える事である」 と彼らは主張する。

マウラウイ・アブダル・マクスッド(Maulawi Abdul Maqsood)は、同じく北部にあり、いくつかの学校
が、過去数ヶ月に火をつけられたSar−r−pul地方のSayyad地区のイスラム聖職者だ。彼と彼の
同僚たちは、攻撃への参加から人びとを思いとどませるための宗教の教えのキャンペーンを始めた。

「長年の戦争の間、アフガニスタンの敵は、学校は異教徒の場所である、と人びとに話した。そして、
彼らは、感受性の強い若者たちを学校に放火するために使っている、と話した」と彼はIWPRに言っ
た。「しかし、私達は人びとに、これが本当ではないことを伝えるべきだ。」

アブダル・マクスッドによると、聖職者たちは、彼らの意見を伝えるために祈りの会合や、結婚のような
大きな集会を使わなければならない。

グラム・ハイダー・カヌーン(Ghulam Haidar Qanoon)、Balkhの教育副理事は、ほとんどの地方の
教育保護委員会を周り、それらは、成功するであろうと、楽観的である。

「委員会が設立されたときには、人々は学校を守るために、進んで守護役を決めあい、ほとんどの村
で、文化的・宗教的な宣伝活動を開始した。」グラムは言った。「人々は焼き討ちされた学校を再建
すらした。再建された学校は、今や以前より良くなった。」

しかし、懐疑的に評するものもいる。何しろ、市民警備員は武器を与えられていないのだ。

「手ぶらでは何もできない」と、Balkhの新聞編集者のジャン・モハンマド・ハビビ(Jan Mohammad
Habibi)は言った。「学校で寝ている、数人の人達は武装した攻撃者に勝ち目はないだろう。政府が
本当に学校への放火を止めたいのなら、政府は市民警備員たちを合法的に武装させなければならない。」

内務省の代弁者のパトマンは言った。「もしそれが必要だと証明されれば、当庁が警備員に武器を
供給しましょう」

しかし、ここ重武装された社会では、大勢の人々が自分で事を運ぶ決意をしている。

「もし政府が私達を武装させてくれるまで待っていたら、決して何も起こらない。」Balkh地方のチャー
ボラック(Charbolak)地区のある匿名の警備員が言った。「武器は家に持っている。夜、学校を守る
ときには銃を持っていく。今は自分自身も、学校も守れるという自信があるよ。」

この男性は、彼が多くの他の地区が同じことをしているということを知っている、と付け加えた。

「もし、政府がもっと早くに、彼らが学校を守ることができなかった、と話したら、私達はとっくに対策を
講じられ、学校は、焼かれなかっただろうに」と彼は主張した。「私達は何をすべきかを知っている。」


Sayed Yaqub Ibrahimi はIWPRMazar-e-Sharifの報道陣である

情報源: Institute for War and Peace Reporting (IWPR)
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タグ:子ども 教育
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バングラデシュ:寒波 OCHA状況報告書 NO.1

この報告書はOCHAのアジア・太平洋地域事務所から受け取った情報に基づいている。

状況

1.バングラデシュは、現在、今シーズン初めての寒波を経験している。Thakurgaon,、
Sherpur 、Nilphamariの3箇所の北部地区で、最低気温は1月4日現在5℃を記録した。
伝えられるところによると、38年間での最低である。以下の地区のほとんどは、寒波に
よって被害を受けている。Panchagarh, Thakurgaon, Dinajpur, Nilphamari, Lamonirhat,
Gaibandha, Kurigram, Rangpur, Joypurhat, Bogra, Chapainowabganj, Serajganj, Rajshahi,
Pabna, Mymensingh, Jamalpur, Kishorganj, Sherpur, Gazipur, Shariatpur, Rajbari,
Gopalganj, Jhalokathi, Khulna, Brahmanbaria, Sylhet, Moulavibazar and Sunamganj.
2.寒波に関する疾病のために、1月初頭以来、死亡者は130人を超え、毎日増え続けている。
10万人を超える人々が被害を被った。

3.寒波は、生計と作物への被害、コミュニケーションの断絶、特に、子供たちと老人へ影響する
寒さによる疾病の広がり、という点で、苦しみと弱まりを加速させる。貧困と主流から排斥された
人びとの日々の暮らしは、人びとがひどく身動きを取れなくされ、そして、彼らが仕事へ行くことを
不可能にする。貧困、ストリート・チルドレン、女性、老人の苦しみの程度は高く、彼らは温かい
衣服と適切な食料摂取量をえる余裕がない。異なった川でのフェリーと船の動きも又、川の航路
が濃霧におおわれて以来、断絶されている。

4.寒波は、芋、小麦、豆類、野菜、他床などの冬の作物にも悪影響を与えそうである。付随して、
主流から排斥された貧しい農場主らと小作人達は、彼らの生活と、生計への長期間の不利益な
結果に投資したものを失うことを恐れている。

5.バングラデシュの気象台は、・・・(原文未完成)の第3週と第4週の間に、中程度か厳しい
寒期間がさらに2度国を襲うことを予期している。


国家と国際的な反応
6.その状況の重大さを認識するために、バングラデシュの政府と、多くの地方と国際NGOと
機関が、被害を被った住民の窮地に立ち向かうための行動をとった。

7.緊急援助と復興一括法案が供給された。バングラデシュ政府は今までのところ、北部地区の
寒さに襲われた貧困の地域に、約7万5,000の毛布を配布した。付け加えて、様々な政府機関が、
首都の異なった場所の家のない貧しい人々、ストリート・チルドレン達に、毛布を配布している。

8.国際開発計画災害援助緊急基金は、被害を受けた住民の必要なものへ応じるために、
連続加熱炉1万5,000を配った。この活動は、1ヶ月以上にわたって実施される見込みで
2月までに、完全に終わるだろう。

9.次の寒波が予測されたので、UNDPは、被害を受けた地方(Dinajpur, Kurigram, Rajshahi,
Bogra, Sirajgonj, Pabna, Sunamgonj, Satkhira, Faridpur, and Jhenaidah)の10箇所以上の地区に、
温かい衣類を供給することによって、国の反応努力を補足する計画をもった。UNDPによって
要求され、OCHAによって承認された5万米ドルの緊急支援で、支援物の迅速な配布のために、
バングラデシュ国家の偵察兵、バングラデシュ国家警察学校生、ハンディキャップ・インター
ナショナルと予め資格を与えられたNGOのようなパートナーとの協力で、UNDPは、被害を受け
た地域に温かい衣類を提供し続けるだろう。

10.寒波の被害者らは、ドナー達から、今までに、40万5,000バングラデシュ・タカを受け取った。
これらの支援物資金は、バングラデシュ国家偵察兵とハンディキャップ・インターナショナルに
よって、4箇所の地区に配布されている。

11.他のNGOや機関は、温かい衣類も配布している。RDRS,イスラム支援、CAREバングラ
デシュ、バングラデシュ赤新月社及び国際赤十字赤新月社連盟(IFRC)、Oxfam、Concern、
UBINIG、WFP、CCDBとBRACといった団体である。

12.ターゲットとされる主要な受益者は、被害を受けた地区の女性、子供たち、老人である。
特に、寒波の間、戸外に暮らして苦闘している人々である。衣類の種類は、女性のショール、
女性、子供、男性用セーター、帽子、毛布、温かい靴下などである。


情報源:UNOCHA
原文URL:reliefweb.int
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スリランカ:洪水と地すべりの情報 広報 NO.1

国際赤十字・赤新月社連盟の任務は、人道の力を結集することによって、弱い立場の人々の
生活を改善することである。連盟は、世界で最も大規模な人道主義の団体であり、何百万人と
いうボランティアの人びとが、185カ国で活動している。

要約

この広報は、あくまでも参考情報として利用していただくために発行されており、現在入手可能な
情報を反映している。連盟は資金、もしくは、今回この活動のために、援助者からの他の支援を
求めていない。

2007年1月半ば、北東季節風によってもたらされた豪雨は、スリランカのいくつかの地区で、
深刻な洪水と地すべりという結果をもたらした。国の災害管理センターは、今までに18人が死亡し、
約25,000人もの多くの人々が、極度の悪天候によって被害を被ったと発表した。

豪雨に襲われた、2つの劣悪な地区は、ハムバントタとヌワラ・エリヤである。2007年1月の
豪雨は、2006年12月にすでに洪水が襲ったこの地方に、さらなる被害をもたらした。
情報は、現在の被害が、2006年12月に報告されたものを上回っていると示した。

状況

今シーズン、北東部季節風雨は、スリランカのいくつかの場所で、人間の暮らしと、農産物への
被害をもたらした。これは、前年の季節風と比べて、異常である。季節風の状態と季節風の流れ
の妨害の結合は、特に、スリランカの中央と南部地方にわたり、豪雨を引き起こした。そして、
深刻な地すべりと洪水を引き起こした。中央、南部、東部地区の中で、特に、ヌワラ・エリヤと
ハムバントタ地区は、被害を被った。国の災害管理センターは、報告日の前の週の間に、
90,000人がこの豪雨によって被害を受け、18人が亡くなり、約25,000人が、彼らの住居からの
退去を強いられた、と報告している。

地すべりによってもたらされた18人の死は、ヌワラ・エリヤ地区から報告された。地すべりは、
18,383人に、住居からの一時的な退去を強いた。国の中央高地に住む、地すべりによって
被害を受けた、もう2000人は、現在、救援物資の供給を遮断されている。

ヌワラ・エリヤ地区は、その高い海抜(海抜1,990メートル)のため、絶えまない、最も高い
年間平均降雨量がある。

ハンバトタ地区での2007年1月10日から起こっている豪雨は、小川と河川の土手が決壊し、
灌漑用の貯水池が氾濫したので、深刻な洪水を引き起こした。1月13日、この最悪の状況の
中で、5,815人は異なった地区の場所に設置された、避難キャンプに移らされた。

さらに、2006年12月、ハムバントタ地区では、激しい降雨によってひどく被害を受けた。貯水
タンクと貯水池は氾濫し、それは、この地域で、深刻な洪水を引き起こす結果となった。1,000人
近い人々は、去年の終わりに、7箇所のキャンプの中で、その地区の学校とコミュニティーセン
ターに設置された避難所に移らなければいけなかった。2007年1月の豪雨は、以前に洪水で
悩まされている地区へ、さらなる被害をもたらした。

ハムバントタの平坦な地形は、自然に洪水が起こる傾向がある。高地からの川が、この国の乾燥
地帯に位置するこの地区で出合うためである。このためこの地域では、降雨がないときでさえ
鉄砲水が起こる。

ハムバントタでは、井戸とトイレのような水と衛生施設が、ここ最近の2度の洪水事故によって、
ひどく被害を受けた。井戸は、被害を受けた地域で最も重要な飲み水としての資源であり、
緊急に浄化される必要がある。

他の地区での今回の状況はそれほど深刻ではない。アンパラ地区の政府代理人は、この地区で、
約4,000人が洪水による被害を受けたと報告した。これは、2007年1月16日に、その最悪の数字に
達した。被害を受けた人びとのための緊急に要する必需品は、政府によってあてがわれ、
人道主義団体からのさらなる供給支援は、要求されない。

情報源:国際赤十字・赤新月社連盟
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2007年01月16日

アフガニスタン代表、紛争地帯の学校とユニセフプログラムを訪問

ニューヨーク、アメリカ、2007年1月6日―Catherine Mbengue氏は、ユニセフのアフガニスタン代表に
なって数週間しかたっていないが、特に女子と女性の教育に関して、ユニセフが何をしているのかを
視察するために、国を見学している。

国連は、近年、アフガニスタンで悪化している治安に関して発言した。「これは、絶対的に重大事項で
ある」とMbengue氏は賛成している。 「しかし、国でなされているすべての進歩にも目を向けましょう。」

Lagman地方でMbengue氏は、子供たちがテントで学んでいるFarmankheir小学校を訪れた。ユニセフ
とそのパートナーが常設の学校構造を建てているためだ。学校は頻繁にアフガニスタンで闘争中の
派閥によって攻撃されているので、これで著しく安全性が高まるだろう。

「誰も学校がなぜ標的にされているか、定かではない。」とMbengue氏は言う。「しかし、学校は進歩の
象徴であり、変化であり安定さである。だから、アフガニスタンを不安定な状態に維持したいこれらの
軍事力は、メッセージを送るためにこの方法を選んでいるかもしれない。」

女子の教育は重要
西部アフガニスタンのヘーラトで、Mbengue氏は、女性のための読み書き能力センターを訪れた。
「アフガニスタンじゅうに、このようなユニセフによって支援されているセンターがある」と彼女は言う。
「女性が互いに集まり、何かを学ぶことのできる場所がある。これはたいしたことがないように聞こえ
るかもしれないが、アフガニスタンのような国では命を救う。」

Mbengue氏は女子の教育―ひいては大人の女性の教育―は、どの社会の未来の進歩への重大な
構成要素となる、と、すばやく指摘している。

「もし、女性たちが教育されたとすれば、彼女らは、よりうまくまとまった世帯をもつことができ、自身の
手で子供たちをより健康に、より安全に、より教育を受けさせて育てることができるでしょう」と彼女は
言う。「そして、教育を受ければ、女性たちはもっと、彼女ら自身で小さいビジネスを始めたり、経済的
に貢献したり、一家の稼ぎ手になりうるのである。」

スタッフメンバーが攻撃され、負傷

教育プログラムへのMbengue氏の訪問は、ある程度、学校と教育者たちへ過去数年間にわたって
起こった攻撃―2006年だけで、120件を超えた―への対応である。

昨年5月に起こった1度の攻撃で、ロケットで駆使された手榴弾は、Badghis州のヘーラト市の外で、
ユニセフのプロジェクト職員である、カセム・ナザリを運んでいた乗り物を襲った。ナザリ氏は2001年
からユニセフで働いていた。攻撃で、他に車の中にいた運転手と医師の二名が殺された。そして、
ナザリ氏をひどく負傷させた。

「私は右足を失い、そして、左足に大けがを負った。」とナザリ氏は言う。「私は車の下を転げ回り、
救助を待った。そして、救助はおよそ3時間後に到着し、私をヘーラト病院へ連れて行った。」

ナザリ氏はとヘーラト、カブールで治療を受けた。そして最終的に、ドバイで、彼は左足を救われ、
リハビリを受けた。彼は、再び、自宅で未だ回復途中にあるが、仕事に戻ることを熱望している。

「アフガニスタンで私達は非常に厳しい状態で働いている。しかしユニセフでは、私達はどんな状況の
中でも、女性と子供たちと共に働くということを決意している。私達は、強くそれを望んでいる。」とナザリ
氏は主張する。「今、アフガニスタンのいくつかの場所の子供たちと女性たちは、世界で最も困窮した
渦中にいる。私は、彼らを助ける機関に属していることを非常に誇りに思っています。」

より多くの救援の必要性
教育は、世界的にユニセフの中で優先されるべき鍵となる。そして、アフガニスタンも例外ではない。
「特にこのような場所で、学校を継続させることと、コミュニティーを失望させないことが、今までに私
が行った、進歩を維持するための方法である。」とMbengue氏は言う。

ユニセフの代表は、アフガニスタンがいくつかのユニークな困難な挑戦に直面していると認めている。
この理由のために、彼女らは、教育と他の自発性を援助するための、追加的救援ドナーとパートナー
に訴え続けていた。

「私達は今年度のためにすでに計画したプロジェクトを進行させるために必要な資金の50%に達した」
と彼女は言う。「残りの50%が必要である。」

情報源:UNICEF
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2007年01月15日

インドの津波被害者の女性達が生活のために腎臓を売る

ニューデリー(DPA):月曜日のニュースによると、2004年12月の津波の影響により、貧しい
暮らしを余儀なくされたインド女性達は、生活のために腎臓を売っているということだ。
地域税務官による質問の時に、Tsunami Nagar (仮設住宅)のおよそ35人の女性が
腎臓を売っていることが判明した。」と、南タミル・ナードゥ州ティルヴァッルール郡の職員の
Ranvir Prasad はインディアン・エクスプレス紙で述べた。

Prasad 氏は、地域公務員の MS Sangeetha 氏が Eranavur というタミル・ナードゥの州都チェンナイ
から7キロのところにある仮設住宅で16人の女性と話しところ、彼女たちは、仲介人に腎臓を売った
と語った。仲介をした中年男性達は、臓器を取り除く手術をするために女性達をチェンナイやマドゥライ
のような都市に連れて行った。

「チェンナイ警察は臓器仲介人や勧誘者に気づかれないよう、極秘に捜査を開始した。」とPrasad 氏
は述べた。

女性たちは、腎臓一つにつき最高10万ルピー(2,256ドル)と言われ、実際は半分以下しか支払われな
いことも多く、不十分な術後手当てのために病気になったケースもあるとPTIニュースは、匿名職員の
証言を伝えた。

女性たちは、他に生きる手段がなかったので、腎臓を売らざるをなかったのだとSangeetha 氏 に語っ
た。

彼女たちは、建てられた仮設住宅は海から遠すぎて、以前のように海辺で魚を売れないのだと言った。
男性たちもまた、同じ理由で漁をやめ、飲んだくれており、家族の借金を返し家計を成り立たせるため
に女性たちが圧迫されている。

タミル・ナードゥ漁師協会のリーダーである、Maria Selvam はこう言う。「以前は、1人か2人が臓器を
売っていたが、今は毎週およそ2人が腎臓を売っている。」

タミル・ナードゥの特別復興委員が日曜日に緊急会議を開き、津波被害者のための永久的な住宅の
建設と割り当ての迅速化を決議したとPrasad 氏は述べた。

2004年12月の津波のために、タミル・ナードゥでは7,996人ガ死亡し3万5000人以上がホームレスと
なった。最近、州政府より出された情報によると、約3万7000軒の恒久住宅が生存者のために建設
予定なのだそうだ。

公式の推定によると、インドの海岸地域で津波のために1万749人が死亡し、百万人がホームレスと
なった。


情報源:Deutsche Presse Agentur (DPA)
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2007年01月10日

パキスタン:バラコットの人々は未だ仮設住宅をまっている

バラコット、1月10日:2005年10月の地震によって荒廃した町の一つであるバラコットの人びとは、
地震以来ずっと苦しみ続けている。なぜなら、彼らに仮設住宅を供給するための、公的な約束が、
未だ果たされていないからである。そして、ここ最近、地方を襲っているひどい寒さは、彼らの窮
地をさらに悪化させていた。
ERRA(パキスタン地震復興庁)は地震によって影響を受けた90%の人びとへ仮設住宅を供給した
と主張するけれども、その実態は、20%以下の被災者が避難所の名前のもとに、何らかを得たに
過ぎない。

市場(バザール)は復興され、人々は生活必需品を売買し、生活はある程度元通りに戻っている。
ほとんどの事業は部外者によって占拠され、地元民は、財政欠如のため、彼らの事業を復興する
ことができないでいる。

被害者のほとんどは、死亡した親族や崩壊した家屋の補償金を受け取ったけれども、厳しい財政
と心理的圧迫に置かれたままである。

この駐在員はバラコットに滞在中、地震によって被害を受け他の町や都市へ移住した人びとの多
くが未だもとに戻っていない、という現状を見た。サウジ・アラビアが責任を引き受けた大がかりな
事業である、避難所の建設が遅れているためだ。

地区長事務所は、バラコットとその周辺の生き残った家族らには、およそ5,000の仮設住宅
で十分である、と見積もっている。そして、地方当局は、その事業が、2006年12月の終わりまでに
完成されるであろうという保証を得た。

“始めに、仮設住宅の図案と大きさは、低い基準であり、そして、これらもまた、未だ当局によって
正式な承認を与えられていない。”とバラコット地区長の弟、タヒルは言った。

“ERRA当局は建設の方法について、人々へ十分な指針を定めることさえ失敗した。だから、あなた
方が目撃した建物と呼べるものはいずれも、ほとんどが被害者自身の自己援助によって建てられ
たものだ。”と彼は付け加えた。

サウジ政府と建設者達のあいだで決められた避難所の大きさ(単位はフィート)は11×10の小さい
台所とものすごく小さい浴室の2部屋を含めて、20×24である。これは、ほとんどの人々にとって
家族が暮らすためには不十分だと感じている大きさである。


情報源:DAWN Group of Newspapers
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タグ:地震
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インドネシアは災害地帯に健康危機センターを設立する

ジャカルタ、2007年1月10日(AFP)−インドネシアは、国を苦しめている多くの災害への迅速な
対応を確保するために、健康危機センターを設立した、と水曜に保健大臣は言った。

“災害への迅速な対応が最も重要である。私たちは9つの地方で、緊急電話相談センターを設立
した。だから、私達は、災害へ迅速に対応するために、ジャカルタを経由する必要はない”と保健
大臣、シティ・ファディラ・スパリ氏は記者らに話した。
センターがカバーしている災害が起こりがちな地域は、メダン(スマトラ北部とアチェを担う)、リアウ、
ジャンビ、ジャワ、カリマンタン、そして、スラウェシである。

センターは、災害の場合には、財政、食料、医療の面で、迅速に対応することができる。

センターはすでにその力量を試されている。

ここ最近の週で、緊急相談センターは、スマトラ島北部での引き続いて起こった致命的な地震や
地すべり、アチェ地方、リアウと西カリマンタンでの大型の洪水、二艘のフェリーの沈没に援助した。

政府の推定によると、インドネシアは、地震、地すべり、洪水であろうと、他の危機であろうと、1日に
平均2.75回の自然災害に苦しんでいる。

インドネシア諸島は、大陸プレートが出会う環太平洋火山帯に位置し、頻繁な地震と火山活動を
引き起こしている。スパリ氏は過去2年間に渡る彼女の省の達成を示した。乳児死亡率は、1,000人
の出生に対して2004年には35人であったが、2006年の30.8人へ、かなり低下したことを指し示し
ている。

母親の死亡率は、100,000人の出生に対し、2004年の307人から、2006年末には262人へ低下
した。ちなみに、アメリカにおける同死亡率は、6人(2004年)と8人(2006年)である。


情報源:Agence France-Presse (AFP)
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posted by CODE at 10:44| アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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